調香師
王宮からすぐの帝都の中心街は多くの人で賑わっていた。
ウィクトル帝国へ来て以降、王宮から出たことのないディアナはその様子を興味深く眺める。
(街中は活気があるわね。店先の品物の種類も多いし、王宮での混乱はまだ国民の生活にまでは影響していないということかしら)
王宮内ではイーサンの承認を必要とする書類が滞っている。
政務の滞りは王宮内、さらには国民の生活にも影響していくものだが、今のところは周りの者たちの努力の甲斐もあってその影響は限定的のようだった。
ユージンとの会合の数日後、ディアナは約束通りマレフィクスに香水を調合してもらうために待ち合わせ場所に向かっていた。
マレフィクスは現在オルランド公爵のタウンハウスに滞在しているはずだ。
しかし彼の指定した場所は帝都にあるとある店だった。
(ここかしら?)
帝都の目抜き通りから一本中に入った所に目的の店はあった。
ドア上部に看板が出ているだけの店はぱっと見は何の店か分かりづらい。
カランカラン。
アランを伴って店の扉を開ければ、ドアベルが軽やかな音を立てた。
「ようこそ」
ドアの正面、カウンターの向こうの椅子にマレフィクスが腰かけている。
店内には彼以外に誰の姿もない。
「ごきげんよう」
挨拶を返しながらディアナは勧められるままカウンター前の席に座った。
「今日はマレフィクス卿以外は誰もいらっしゃらないのかしら?」
香水を調合すべき調香師の姿が見えず、ディアナは問いかける。
「ええ。私だけですよ」
「調香師の方は?」
「ああ……申し上げていませんでしたか? 香水は私が調香するのです」
にこりと微笑んでマレフィクスが答えた。
(マレフィクス卿が調香を?)
予想外の答えにディアナは目を見開く。
たいていどの国も、王族が担う仕事というのは国の運営に関わるものだ。
調香師も立派な職業ではあるが、ユエラン国の王弟が携わる仕事としては珍しいだろう。
(調香が趣味とかなのかしら……)
そう思いつつディアナはマレフィクスのことを見た。
「疑ってらっしゃいますか? それならこれから証明してみせますよ」
そう言いながらマレフィクスはカウンターの上に調香に必要な器具を取り出して置いていく。
「まずはディアナ様がどのような香りを好むかですが……」
カウンターの上に並べた瓶を手に取り、マレフィクスはいくつかの香料をムエットにつけてディアナに選ぶように促した。
「ディアナ様のお好きな香りをベースに、他の香りや効能のある物を加えていきます」
説明を聞きながら、ここでディアナはマレフィクスに質問した。
「男性の心を惹きつけるような香りはあるのかしら?」
「男性の……ですか?」
ディアナの質問にマレフィクスは作業を進めていた手を止める。
香水はその香りを楽しむことはもちろん、身につける者やその香りを感じる相手に対してアプローチすることが可能な媒体だ。
そして目的によってその手助けをする物。
「マレフィクス卿もご存知でしょう? 私がイーサン陛下の興味を引くことができていないということを」
ディアナが仮初の皇后になるというのはもはや公然の秘密。
王宮内では多くの者に知られている話であり、当然王宮に出入りしているマレフィクスも知っているはずだ。
「それは……私からは何とも」
「気を遣っていただかなくてもけっこうですわ。今後の帝国のことを考えれば今の関係が適切であるとは思えませんの。少しでも関係を良好にするためにも、マレフィクス卿のお力をお借りできないかと思っております」
ディアナの言葉に一瞬マレフィクスの瞳に剣呑な光が宿る。
「ディアナ様にこれほどまでに思ってもらえるとは、陛下は幸せ者ですね」
そう言いながらマレフィクスは自身の手元に視線を落とした。
「ただ……どれだけディアナ様が努力されようとも、陛下の心を手に入れるのは難しいと思いますよ」
落とした視線を上げ、マレフィクスはディアナの目を真っ直ぐに見る。
「なぜでしょう?」
「それは……」
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