隣国の王弟
「フィリア様の侍女に探りを入れてみましたが、香水の瓶に心当たりはないようでした」
「侍女に任せずに自ら保管しているということかしら?」
ルラの報告にディアナが問い返す。
「はい。他の香水類も含めてご自身で管理しているようです」
「特定の物だけ特別扱いをすれば目立つものね」
侍女たちは主人の邪魔にならないように存在感を消していることが多い。
慣れてしまえばそこにいることさえ気にならなくなるのだろう。
しかし彼女たちは驚くほどこちらのことを見ているし、記憶している。
人の口に戸は立てられぬとはよく言ったもので、どんな些細なことでも誰かが一人に漏らせばそれは多くの者に知られることになる。
秘密にしたい物があるのなら、それは自分で管理するのが一番だ。
「私がフィリア様に近づくのはいろいろな意味で避けておいた方がいいでしょうね」
それこそあらぬ疑いをかけられかねない。
例えば、フィリアを害したとかいじめたとか、はたまた何かを奪っただとか。
(となると、香水の件はフィリア様からよりもマレフィクス卿から探った方がいいかしら……)
領地の異変に関しては各公爵からユージンの元に報告が上がるだろう。
ディアナは異変に関してよりも香水の方から探っていくべきだ。
(それに、女性、ましてやイーサン陛下の寵姫であるフィリア様にユージン殿下が絡めば余計な騒ぎが起こりかねないわ)
「アラン、今日のマレフィクス卿の予定はわかる?」
「マレフィクス卿は公式の予定の無い時は常に図書館にいるようです」
「図書館に?」
「はい。館内で主に女神ルナリアやルグナシア大陸に関する書物を読んでいるとか」
(女神ルナリア……)
不意にディアナの脳裏に図書館で遭遇したマレフィクスの顔が浮かぶ。
『我が家名の意味をご存知ですか?』
そう言ったマレフィクスはその言葉にどんな意味を込めていたのだろう。
かつての歴史を知った身としては、マレフィクスがルナリアに対してある種の執着心を抱いているように思えてしかたなかった。
(とはいえ、香水について知るためには近づかないわけにもいかないわね)
「今から図書館に行きますわ」
だから、そう言ってディアナは部屋を出た。
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そこにいる、という確信はなかったが、果たしてマレフィクスは図書館にいた。
「これはこれはディアナ様。またお会いしましたね」
ディアナと再び図書館で会えると思っていたのだろうか。
それともそこに深い意味はなかったのか。
いずれにせよマレフィクスの思惑はわからなかったが、ディアナとしては予定通り会えたことになる。
「ごきげんよう、マレフィクス卿」
マレフィクスは柔らかな日差しの差す窓辺のテーブルに、数冊の本を乗せて読書に勤しんでいたようだ。
「よろしければ『ユグノル』と呼んでいただきたいところなのですが……」
ディアナの挨拶に対してそんな軽口を叩きながら、マレフィクスは自身の目の前の椅子をすすめてきた。
「婚約者でもない方をファーストネームでお呼びすることはできませんわ」
ある意味真面目にディアナは答えた。
慣れた男女間であればそんな言葉遊びでさえ楽しめるものなのかもしれないが、そういった趣味はディアナには無い。
「私の家名の意味はご存知でしょう? 決してポジティブなものではないので、女神の愛し子であるディアナ様には名前の方で呼んでいただきたかったのですが……残念です」
そう言ってマレフィクスはいかにもしゅんとした顔をする。
(最初に会った時の印象よりかなり親しげな感じがするわ)
まともに言葉を交わしたのはこの前図書館で遭遇した時だけ。
マレフィクスに親しげにされる理由がディアナにはわからなかった。
(それに……)
気になったことはもう一つある。
マレフィクスは、ディアナに対してあえて『女神の愛し子』と言った。
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