公爵領からの報告
「コラードから早馬が?」
カーライルの言葉に、ユージンは書類に落としていた視線を上げて問う。
「ええ、先ほど。例の異変に関する報告書を携えていました」
中庭のガゼボでディアナと話してから三日が過ぎていた。
その間もユージンは公爵領の異変やイーサンとフィリアの使用している香水の件を秘密裏に探っている。
しかしその成果は芳しくない。
「ベルダー公からの報告書はいかがでしたでしょうか?」
「ああ。今から確認するところだ」
コラードよりも少しだけ早く領地へと戻ったベルダーからは今朝報告書が届いていた。
「ちょうどいい。二つの領地分を一緒に確認しよう」
あれからイーサンは以前と変わらず異変調査への指示は出していない。
そして今までと何も変わらない生活を続けている。
公務はこなしているが、それも定型のものだけ。
そうこうしている内に、気づけば難しい判断を問われる業務に関してはユージンの元に届けられるようになっていた。
(あまり良くない傾向だ……。このままでは二重政権のようになってしまう)
国の運営に関わっている者たちにとっては、意見を上げても聞き入れられず改善策やその他の指示も出してくれない皇帝よりも、フットワーク軽く対応するユージンに報告したくなる気持ちはわかる。
それでも、だ。
イレギュラーなことが続けば国内は荒れる。
(船頭多くして船山に登る、と言うしな。指示者が複数人いることは好ましくない)
一番良いのはイーサンが異変にしっかりと向き合って指揮を取ることだが、現状を考える限り難しいだろう。
むしろ、イーサンの近くにいるフィリア、そしてマレフィクスが怪しいとなれば事態はさらに悪化する。
「こちらが、コラード領の報告書になります」
カーライルが差し出した資料を受け取りユージンはその内容に素早く目を通した。
次いで手元にあったベルダー領の報告書にも。
「呪具……?」
どちらの報告書にも書いてあった異変の原因と思しきもの。
「呪具、ですか? それは穏やかではありませんね」
ユージンのこぼした言葉を拾い、カーライルは眉間に皺を寄せながら言った。
「どのような呪具なのかは報告にあるのでしょうか?」
「ああ。どうやら何かしらの力を用いて銀狼やクラーケンを誘き寄せる仕組みのもののようだ」
「しかしウィクトル帝国内での呪具の使用は禁止されています」
「ウィクトル帝国に限らず、ルグナシア大陸において呪具の使用は禁忌だ」
女神ルナリアは呪術や呪具の類いを許していない。
「南のラルグスからはまだ何も報告はないか?」
「はい。しかしラルグス領は農耕をになっている領地です。銀狼やクラーケンのような領地にとっての天敵はいないのでは?」
「いや。例えば天候が崩れれば農作物への影響は大きいだろう」
「しかし、天候を左右するような呪具なんてあるのでしょうか?」
「さすがに天候を操るのは難しいだろうが、農作物を荒らす野生動物や害虫が増える可能性もある」
南の公爵領は帝国の食糧を担う領地。
何か不測の事態が起きれば、それにより一気に帝国全土の生活に影響が出る。
「念の為、今のうちに少しでも多く食糧を備蓄しておいた方だいいだろう」
「承知しました。さっそく指示を出しておきます」
現時点で必要な指示を出し、そういえば、とユージンは思い出す。
「宰相の体調は回復したのか?」
「はい。昨日から業務にも復帰しています」
ディアナとガゼボで話したあの日、ユージンと別れたカーライルが宰相の執務室へ行ったところ、ちょうど体調が悪化した宰相が椅子にうずくまっていたところに遭遇した。
医師の診断は過労による体調不良。
「やはり業務の皺寄せがいっているということだろう」
イーサンがこなすべき書類仕事の中で、必ず皇帝の確認や印が必要なもの以外はすべて宰相のところで処理されていた。
さらには、通常であれば皇帝が内容を吟味して判断する案件も、結局イーサンが何も見ないまま承認や決裁をすることがわかって以降、すべて宰相の元で詳細の確認を徹底している。
「このままでは遠からず手が回らなくなる……」
「それは……はい」
否定の言葉を、しかしカーライルも言うことはできなかった。
「どうしたものか……」
顎に手をやりユージンは思案する。
そろそろ何かしらの決断が必要だった。
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