疑わしきは
「先ほど殿下がカーライル卿とお話しされていた香りについてなのですが……」
話を戻すべく、ディアナは気になっている件を切り出した。
「陛下とフィリア嬢から香る匂いについてでしょうか?」
「そうですわ。カーライル卿は感じたことがないとおっしゃっていましたが、実は私もお二人から甘ったるい匂いを感じたことがありますの」
自分以外が感じたことのない匂いなのであれば、もしかすると自分の嗅覚がおかしくなったのではないか、半ば自らを疑うような気持ちになっていたユージンとしては心強い言葉だった。
「ディアナ嬢も?」
「ええ。そしてその香りは、女神の神託の際に感じたものでもあります」
「!?」
「先ほどお伝えした神託の内容に、フィリア様と香水の瓶のようなもの、そして指輪をつけた手の持ち主であるマレフィクス卿の話がありましたでしょう?」
「たしかに聞きました」
ディアナは自分が目にした場面を思い浮かべるかのように視線を遠くへ投げると、思い出せる限りのキーワードを口に出す。
「ねっとりとまとわりつくように甘ったるく、頭痛と吐き気を誘発するような香り。ムスク系の香水を彷彿とさせるイメージでしたわ」
「私の感じた香りも同じです」
「神託では明確なものは何も示されないのです。しかし目にした状況から察するに、あの香りの元である香水がマレフィクス卿からフィリア様に渡されたと考えるのが自然かと」
どんな効能のある香水であるかはわからないが、その香水をフィリアは自身とイーサンに使用している。
「ですので、まずはあの香水の効能を知ることが重要だと思いますわ。そして同時に、今各公爵領で起こっているという異変の原因もわかるといいのですが……」
「原因究明に関してはそれぞれの公爵に依頼してあります。少しでも何かわかれば早馬を飛ばしてくるでしょう。そして、異変は東の公爵領であるオルランドだけ起こっていません」
つまり、この状況下においては明らかに怪しいとも言える。
「ですがそんなにわかりやすく事を起こすでしょうか?」
知られてしまえばその分今後の行動が起こしにくくなるはずなのに。
そう思って言ったディアナの言葉に、少し考えてユージンが答えた。
「もはや隠す必要もないと思っているのかもしれません。あるいは隠蔽工作をする余裕すらなくなるような急ぐ理由があるのかも」
そこまでユージンと話して、ディアナは王宮図書館でマレフィクスに遭遇したことを思い出す。
「そういえば、王宮図書館でマレフィクス卿に声をかけられましたわ」
「卿に? その時は何か会話を?」
「ええ。トゥレラについてと家名について話したのですが……」
「トゥレラはユエラン国の信仰している教えですね。マレフィクス卿は王弟に当たりますので、家名は現国王と同じ」
ユージンは顎に手を当てて考えながら言葉を続けた。
「……なぜディアナ嬢に接触してきたのかが気になります」
「その時ちょうどトゥレラについて調べていたので、そのせいかもしれません。マレフィクス卿には『家名の意味を知っているか、知らないのであれば調べてみると面白い』と言われましたの」
『家名の意味』……と、ユージンが口の中で転がすように呟く。
「『マレフィクス』は『邪悪』という意味でしたわ」
「それはまた、何とも意味深な」
エメラルド色の瞳を見開き、ユージンがディアナを見返した。
「ウィクトル帝国内でユエラン国と縁があるのはオルランド領のみ。その分彼の国について皇族は知らないことが多いのです。とはいえ、知ろうと思えばどこからでも知ることはできる。不勉強でした」
いくぶん悔いるような顔をするユージンを見ながら、ふと、ディアナは言葉をこぼす。
「『トゥレラが最も尊ぶものは人が苦しみもがきながら手に入れる真理である』」
「ディアナ嬢?」
「トゥレラの教えの一番最初に書いてある言葉ですわ」
(私は立場上女神ルナリアの愛し子。でも……)
「不覚にも少し納得してしまったのです。そうであればいい、と」
(苦しんで、もがいて、その上で掴み取れるものがあるのなら、神託の実行者である私の存在にも意味があるのだと思えるもの)
「戯言ですわね」
そう言って微笑んだディアナをユージンは否定しない。
「悩み抜いた先に希望があるのだと、私も信じたいと思っていますよ」
そして優しい声で、そう言った。
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