愛し子の宿命
「その使命は、女神の神託を実行すること、ですわ」
王族に連なる血筋の者ではあるが、女神の愛し子ではない。
それが実行者に選ばれる絶対条件。
「女神は愛し子をそれはそれは寵愛しています。しかし同時に彼女はルナリア大陸の平穏を守らなければならない」
それは人の子との恋の代償。
いくら彼女が女神であったとしても、神々との取り決めを破ることはできないのだから。
「そして、彼女の言葉を神託として受け取り、それを実行することは愛し子であるフォルトゥーナの王族に課せられた使命なのです」
それが女神と恋に落ちた人の子の子孫が果たさなければならない責任だ。
「そうであるのなら、神託の実行はそれこそ直系王族が担うべきなのでは?」
ユージンの言葉にディアナはうっすらと笑む。
それは決して喜びの笑みではない。
「先ほどから申し上げているように、女神は愛し子を寵愛……いいえ、偏愛しているのです。彼女はほんの少しも愛し子に苦労をさせたくない」
その言葉に込めた意味を、ユージンは正しく読み取った。
「つまり、女神としての義務は他の血族にまかせ、自身は何の憂いもなく愛し子たる王族を寵愛している……と?」
ユージンの問いかけにディアナは答えずにただ微笑んだ。
そのことを、自身の口から明確にはできないから。
「さらには女神と共に責任を果たすべき王族は、血が繋がっているだけの者にすべてを被らせ、自分達は守られるままぬくぬく過ごしていると?」
この問いに対してもまた、ディアナは答えない。
何も言わぬその『微笑み』にはどんな思いが込められているのか。
「そのことをフォルトゥーナの王族は全員が知っているのでしょうか?」
「知っているのは国王陛下と王妃陛下、そして兄と姉だけですわ。末の第三王女は私が引き取られて以降に産まれているので知らないのではないかと」
だからこそ彼女だけが無邪気にディアナに接してきたのだろうし、ディアナも純粋に可愛がることができた。
「ディアナ嬢、あなたがその事実を知ったのはいつですか?」
「……七歳の頃に」
七歳…とユージンが呟く。
「七歳の時に王室の図書館で、かつてウィクトル帝国へ嫁いだ王女の手記を見つけたのがきっかけですわ。この日記を書いた、皇后となった王女の」
そう言ってディアナは愛おしそうに本の表紙を撫でた。
「ただ、かつての皇后は自身が国王の子ではないということを、おそらくウィクトル帝国へ嫁ぐことになるまで知らなかったのだと思います」
「あなたは幼き頃から知っていたのに?」
「王室では積極的に本人に知らせることはしていません」
「なぜ?」
「過去にただ一人、神託の実行者でありながら実際には神託がくだされなかったことがあったからです」
なぜその者が神託から逃れられたのかはわからない。
しかしだからこそ、ディアナもまた希望を持ってしまった。
歴史を紐解けば女神の神託は実行者が成人である十八歳になる前にくだされている。
ならばディアナも何事もなく十八の年を迎えることが出来ればあるいは……と。
実際はあと少しで成人というタイミングでこの国へと導かれることになったけれど。
「本来であれば神託がくだされるまで知らないのが当たり前なのです。知ってしまった私がイレギュラーなだけで」
ディアナの言葉を聞いたユージンは、いくぶん逡巡した後に口を開いた。
「本当の親や兄妹ではないとわかるような態度を、彼らは取っていたのでしょうか?」
そっと差し出された問いかけにはユージンなりの気遣いが伺われた。
「いいえ」
ふっと微笑んだディアナの顔には、先ほどとは違い少し困ったような、戸惑ったような表情が浮かんでいる。
「彼らは私を家族として扱ってくれましたわ。もちろん差別されたこともありません。兄や姉と同じように教育も受けさせてもらいましたし、両親にも兄弟にも愛情を注いでもらったと思っています」
(ただ、彼らの気持ちの根底に、私への同情や自分たちの代わりに神託の実行者となることに対する後ろめたさがあったのかもしれないけれど)
「いずれにせよ普通の王女として育てられたことは間違いありません。もちろん、戸籍上も当代フォルトゥーナ国王の第二王女ですから、ウィクトル帝国との婚姻にも何ら差し障りはないはずです」
そう言って、ディアナはこの話に区切りをつけた。
自身の事情を話してしまったのはディアナの都合でしかない。
そもそもの話の始まりはウィクトル帝国内で起こっている異変についてだったはず。
さらには陛下とフィリア嬢から香る匂いのこと。
そしてディアナにくだされた女神の神託の内容について、だ。
だから、ディアナはこれからのことを相談する必要があった。
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