王女と皇弟
ユージンと側近であるカーライルの姿が木々の隙間から見え、ディアナは結局動くのを諦めた。
本当はこの場から立ち去った方が良いのはわかっている。
しかしこの距離だと動けば彼らに気づかれてしまうだろう。
別に悪いことをしているわけではないが、二人の雰囲気を見る限り出づらいのはたしかだった。
(盗み聞きのようになってしまうのは良くないわ。どうにかして二人に気づかれずに移動できないかしら?)
そうは思うものの、そのまま歩き去るのかと思っていた二人はディアナにほど近い場所で立ち止まってしまう。
(おそらく他人の気配には敏感なお二人でしょうに。私に気づかないなんて、よほど他のことに気を取られているのね)
そう思いながら、どうしたものかと悩むディアナの耳に公爵領の現状が聞こえてきた。
(歴史上でもあまりない異変……)
公爵領における今年の脅威は通常であればディアナが提供した物資でかなり軽減されるはずだった。
それを凌駕するほどのことが起こるなど誰が考えられるだろう。
(しかも一つの公爵領だけでなく重なって起こるなんて)
基本的に異変には原因があるはずだ。
そして原因を突き止めることができてこそ有効な対策を立てられるというもの。
(それなのに、陛下は調査を行わない……)
それは異変の脅威に晒されている者たちにとってどれほどの絶望だろうか。
そう思っているディアナの視線の先でユージンとカーライルが別れる。
(……陛下とフィリア様から香る甘ったるい匂いを私以外にも感じる人がいるなんて)
夢の中で感じたあの匂いはおそらく女神の神託に付随するもの。
であればディアナだけがその匂いを感じたのは当然だと思った。
(ユージン殿下も気づいたということは……女神様の意志はどこにあるのかしら)
ディアナが神託を実行する者として選ばれたように、ユージンもまた抗えない何かに選ばれているのか。
そう考えを巡らせながら見つめた先で、ユージンが気持ちを堪えるかのようにうつむく。
(あ……)
一瞬、泣いているのかと思った。
もちろんそんなわけはなかったけれど。
ディアナはすぐに自分の誤解だと気づいたが、思わず身じろぎした影響で手に持っていた本がバサリっと音を立てて落ちた。
音に反応してユージンがバッとこちらを振り返る。
その拍子に二人の目が、合った。
「ディアナ嬢?」
どことなく呆然としたユージンの声が聞こえる。
「も……申し訳ありません。お二人のお話を聞くつもりはなかったのですが……」
きまりが悪く感じながらもディアナは謝罪した。
いかなる理由があろうとも、二人の話を聞いてしまったのはたしかだからだ。
「いや……こんなところで話していた我々が悪い。聞かれたくない話ならば場所を選べばよかったのだから」
そう言うとユージンはディアナのいるガゼボの方へ近づいてくる。
「同席しても?」
「もちろんですわ」
そう答えて、ディアナは少し離れて待機していたルラに合図を送る。
有能な侍女はユージンの姿に気づいた段階で新たなお茶が必要だということを理解していたのだろう。
すぐにその身をひるがえした。
同様にディアナからはあまり見えない位置に待機していたアランも、一瞬その姿を見せたものの視界から外れた。
「ディアナ嬢はこんなところで何を?」
「読書ですわ。このガゼボはあまり人が来ないですし、気持ちの良い場所なので気に入っていますの」
「なるほど。どうやら私とディアナ嬢は好みが似ているようですね」
「と言いますと?」
「ここは私も気に入っている場所なんですよ」
そう言って、さっき垣間見えた孤独を綺麗に隠したユージンが笑う。
だから、だろうか。
ディアナは不意に打ち明けたくなった。
今まで誰にもそのことを伝える気はなかったのに。
「ユージン殿下は、女神の神託をご存知ですか?」
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