女神の愛し子に捧ぐ
表紙に『女神の愛し子に捧ぐ』と書かれた本は、かつてフォルトゥーナからウィクトル帝国へ嫁いだ王女が記したものだった。
フォルトゥーナの三番目の王女だった彼女は、ウィクトル帝国内で派閥の争いが起こり国外から皇后を迎える必要があった時に請われて帝国へ嫁いだという。
帝国内での揉め事になぜフォルトゥーナが関わらなければならいのか、それはひとえにルナリアがルグナシア大陸全体を守護する女神だからに他ならない。
大陸中の国々を、もっといえば大陸中の人々の平穏を守ることが女神の役割だったからだ。
そしてフォルトゥーナは女神から寵愛される国である分、必要に応じて女神の意思を実現するよう定められている。
ディアナがかつてフォルトゥーナで目にした本も、この王宮の図書館で手に取った本も、どちらもその第三王女が残した日記だった。
祖国に残された日記には嫁ぐまでのことが、王宮の図書館に収められている日記には嫁いでからのことが書かれている。
(こんなに個人的なものがよく残されていたものね)
王宮庭園の中ほどにあるガゼボで、ディアナはその日記を広げる。
この場所はあまり人が来ないこともあり最近ではディアナのお気に入りの場所になっていた。
王宮内をフィリアは我が物顔であちこち出歩いているらしく、下手な場所では遭遇しかねない。
かといってずっと自室にこもっているのも息が詰まるし、外での用事もある。
ここはそんな心配も不要ということもあって、ディアナはルラに紅茶とお菓子を用意してもらい昼過ぎからずっとこの場所にいた。
読んでいるのが日記であるということ、さらには誰にも邪魔されずに考え事もしたくて護衛のアランすらも少し離れたところで待機してもらっている。
『女神はフォルトゥーナの王族をいたく寵愛している。ある意味それは偏愛と呼べるくらいに。女神はその力でもって、偏った愛情をただひたすら愛し子に注ぐ』
流麗な文字で書き出された日記は、読んでみるとなかなかに過激な内容だった。
(王女は女神を嫌悪していた……?)
そう感じるくらいに言葉の端々から女神への複雑な思いが溢れ出ている。
祖国に残されていた日記にはもう少しやんわりとした表現が使われていたはずだ。
しかしフォルトゥーナの王族だけが知る古代文字で書かれているからなのか、こちらに残された日記はかなり率直な物言いとなっていた。
(帝国では誰も読めないとはいえ、いいのかしら? それにこの日記は誰があそこに保管したのか)
そもそも帝国にフォルトゥーナの者が嫁ぐことはほとんどない。
それを思えばこの日記を取ってくおく意味がわからなかった。
(日記なんて個人的なもの、たいていの場合は本人の棺に収められることが多いでしょうに)
そう思いながらディアナはさらにページをめくる。
誰もが手に取れる図書館の蔵書だから問題ないのだが、人の心の中を覗くようで少しドキドキした。
『女神はえこ贔屓がひどい』
(……ん?)
『いったいどこが慈しみの女神なのか。そう言い出した者の顔を見てみたいものだ』
(……んん?)
書いてある内容を頭が拒否し、しばし動きを止めてディアナは思考を停止する。
「……え?」
そして数瞬後、ディアナの口から小さな声が漏れた。
見間違えだろうか。
そう思って閉じた本の表紙を確認する。
『女神の愛し子に捧ぐ』
間違いなくそう書いてあった。
著者名代わりのサインもかつての第三王女のものだ。
ディアナは自分は王族でありながら女神に対して盲目的に信仰心を捧げることができない異端者だと思っていた。
なぜそう思ってしまうのかの理由はもちろんある。
それでも、女神に対しての熱量が自分と家族とでは圧倒的に違うことを今まで引け目に感じていた。
それが、である。
日記にはあまりにも率直な気持ちが書かれていた。
(いくら誰にも読まれないと思っていたとして、こんなに気持ちをさらけ出して書けるなんて……)
かつての第三王女、いってみればディアナにとっては歴史上の人物に近い相手が一気に身近な女性に感じる。
さらには今まで以上に興味が湧いてきた。
この先にどんな内容が書かれているのか、はやる気持ちを抑えながら次のページをめくろうとして、ふと、ディアナの耳が微かな人の声を拾った。
(ユージン殿下?)
ユージンと誰か。
二人の人物がこちらに向かって歩いてくるのがわかる。
王宮庭園内のこの場所は立ち入り禁止ではない。
とはいえ、このままここにいていいのかディアナが迷っているうちに、足音は少し先で止まった。
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