トゥレラの教え
『トゥレラが最も尊ぶものは人が苦しみもがきながら手に入れる真理である』
トゥレラ聖典序章より。
図書館で手に取ったのはユエラン国民が信仰するトゥレラの教えを記した書だ。
そもそもルグナシア大陸ではあまり必要とされない書物ではあるが、ウィクトル帝国の誇る王宮図書館には所蔵されている。
オルランドとユエランの繋がりを知った翌日、主に宗教関係の書物が収められている書棚でディアナは聖典を手に取っていた。
(苦しみもがきながら手に入れる真理、ね)
女神に祈りを捧げ、その存在を讃えることで恩恵をいただくルナリアの教えとはまったく異なる考え方だった。
もちろん、どちらが正しいというわけではない。
しかし時に宗教の教えは国同士の反発を招く。
女神ルナリアが告げた神託にユエランの者が現れたのにはどんな意味があるのか。
ディアナはまだその答えを持たない。
いずれにせよ敵を知らずして戦はできぬ、とばかりに、その場にあったトゥレラに関する本をすべて抜き出した。
(ここにある本の内容だけでも確認しておきましょう)
そう思ってまとめた本数冊を手に閲覧できる場所まで移動しようとして、ディアナは書棚の隅にひっそりと置かれた本に目を止めた。
(あれは……!)
同じ装丁の本を、ディアナは祖国フォルトゥーナで見ている。
いや、背表紙のタイトルを見る限りでは同じでは無い。
ただしディアナの知る本と目の前の本は同じ柄のカバーをまとっている。
(そもそもが祖国のあれは本ではなく日記だった)
となれば、目の前のこれもまたあの日記の持ち主が書いた物だろうか。
そう思いディアナが本に手を伸ばそうとしたところで、不意に声をかけられた。
「そちらにいらっしゃるのはディアナ様ですか?」
聞いたことのない声がディアナの名を呼んだ。
振り返り見れば、東雲色の瞳に黒髪の男がこちらを見ている。
年の頃は三十代前半だろうか。
黒い立ち襟の上衣に黒色のスラックスといった軽装だが、それはユエラン国特有の衣装だ。
ディアナは咄嗟に本に伸ばしていた手を引っ込めると体の向きを変えた。
「ええ。ディアナ・フォルトゥーナですわ。そう仰るあなたは?」
「これは失礼しました。私はユグノル・マレフィクスと申します。フォルトゥーナの王女様に我が国の教えに興味を持っていただけたとは光栄ですね」
ちらりとディアナの手元を見るとマレフィクスはそう続けた。
図書館の窓から差し込む柔らかな光が、雲に遮られたのかつかの間陰る。
窓を背に立っているマレフィクスの顔にも影ができその表情はうかがえなかった。
「まださわりの部分を読んだだけですけれど、大変興味深い教えだと思いましたわ」
「なんと。ルグナシア大陸の方々にはなかなか理解していただけないことが多いのですが……まさかフォルトゥーナの王女様にそう言っていただけるとは」
いかにも驚いたと言わんばかりの表情でマレフィクスはそう続けた。
それが本心なのかそれとも何か含みがあるのかはわからない。
「そういえば、ディアナ様は我が家名の意味をご存知でしょうか?」
「家名というと、マレフィクス、ですか?」
「ええ」
マレフィクスは再びディアナの手元に視線を向ける。
「もしご存知ないのなら、一度調べてみると面白いと思いますよ」
そう言った顔に浮かんでいた表情にはどんな思いが込められていたのか。
わからないまま、ディアナとマレフィクスの会話はそこで終わった。
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