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守り人と金色の狐  作者: 高千穂ゆずる
狐狸ん堂の設立
8/22

狐狸ん堂の設立<6>

 アキが教えてくれたように、老松御殿での儀式は3日の間、昼夜を問わず行われた。

 新当主の晴久は朝餉、昼餉、夕餉と決まった時間だけ母屋に戻って食事を摂っているようだった。老松御殿から母屋へと通じる渡り廊下を歩く晴久の姿を、庭の離れ屋の縁側から沙奈はじっと眺めていた。

 晴久が渡って来る時だけは母屋側の蔀戸(しとみど)の鍵が開けられ、食事を終えて老松御殿へ戻ると蔀戸は閉じられて鍵もかけてしまうのだそうだ。

 蔀戸の管理は柿谷家の血筋がひとりで行うのが古くからの習わしだという。

「パパもお手伝い、たいへんだね」

「こればっかりはねぇ、柿谷の仕来りらしいから仕方ないんじゃないかな」

 母親が運んできた昼食の膳をいっしょに縁側で食べることにした沙奈は、ちりめん山椒の混ぜご飯で握られたおにぎりを頬張った。

 陽が翳ると気温が下がって肌寒くなるが、日中は春の陽気でぽかぽかと暖かくて気持ちがよかった。

 林の中から聞こえてくる野鳥のさえずりも、ひと際美しく響いて聞こえた。

「今日も昼から遊びに出かけるの?」

 母親のふいの質問に沙奈はどきりとした。

「へ?」

「気づいてないと思ってた? いつのまに友達を作ったの。利津ちゃんじゃないことはわかってるんだけど、どこのおうちの子なのか、気になっていたのよ」

本家に来てからは葬儀や儀式の準備支度に追われて忙しく、ここでお役御免となったことでやっと娘とゆっくり時間を過ごせると思っていたのに、肝心の娘にはなにやら新しい友人ができたようで、昼食を慌てて摂るとふらっとどこかへ出かけるのだ。

「まぁ、この辺りはみんな柿谷に所縁のある家ばっかりだから心配はないけど。国道を挟んだ向こう側に新しい住宅地ができたからね、もしかしたらって」

「ママ、なんの心配しているのかわからないけど、わたしの友だちはいい子ばっかりだから安心していいよ。ただ服を汚しちゃうことはごめんなさい。先にあやまっとく」

 拝むように手を合わせた沙奈が、窺うように母親を見ると、

「あんまり遅くならないように帰ってきなさいよ。暗くなると一気に冷え込むから」

 嘆息しながらも、娘の行動範囲が広がったことは嬉しいらしい。食事もそこそこに立ち上がると部屋の奥へ行き、着替えを持って縁側へ戻ってきた。

「なにをするのか知らないけど、ジーパン穿いて行きなさい。これなら少々汚れても大丈夫だし、お腹も冷えないでしょ」

 ブラウスに膝丈のスカート姿の沙奈の横へ畳まれたジーパンを置いた。

 困ったアヤカシやケモノたちの手伝いだ。山野を駆けまわれる格好でなければならないのでありがたかった。

「ママ、おにぎりもっともらっていい? たぶん途中でお腹が空くと思うんだ」

「おやつにおにぎりがいいの?」

「たぶん、すっごくお腹が空くから」

 くすくすと笑いながら裕子は母屋の台所へ向かった。

 我が娘の意外な一面を知ると同時に成長の一端を垣間見ることができた裕子は嬉しかった。

 自分の夫の実家である柿谷の家が普通ではないことを聞かされていたが、こうして本家を訪れる機会を得て、そしてこの場所が沙奈の肌に合っているということが嬉しかったのだ。

「案外沙奈は野生児なのかもしれないわね」

 なにも知らないということは平和なことでもあるのだ。

 沙奈の要望で二段重ねの弁当箱にはおにぎりと漬物がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。

「サイレンが鳴ったら走って帰るからね、いってきます。ママ!」

 山間のこの辺りでは時報代わりにサイレンが防災無線を通して報せてくれるのだが、4月はまだ冬期扱いで夕方の5時にサイレンが鳴った。

 その頃合いを過ぎると一気に暗くなるからちょうどいい知らせでもある。スマホのアラームと違って間延びしたような独特のメロディーは妙に耳につくのだ。

 沙奈は母屋を通らず、庭をぐるりと回って米蔵の前に出ると枝折戸を潜って長屋門を出た。

 母親の裕子がいなければ林に直行したのだが、仕方ない。白壁が続く道を隣の御城門へと走った。


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