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守り人と金色の狐  作者: 高千穂ゆずる
狐狸ん堂の設立
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狐狸ん堂の設立<5>

 布団を頭から被って眠っている風を装って離れ家を出てきた沙奈は、4月の夜、しかも山間の気温がかなり下がるとは考えてもいなかった。

 庭園灯の明かりがわずかに届くところで、ちょこんと座って待っている子ぎつねと子だぬきをみつけた沙奈は急いで駆け寄った。

「沙奈。おまえ絶対寒いだろ」

 待ち合わせの林に到着した途端、沙奈の顔を見るなりアキが呆れたように言った。

「一応、ジーパンに長袖とカーディガン着てきたけど、たしかに寒いね。山ってこんなに寒いもんなの?」

「まあ、今夜はとくに冷え込んじまうから仕方ねえけどさ」

 んー、と考え込むようなしかめっ面していると、

「それなら~、アキが襟巻になってあげなよ~。あったかいし~内緒話もできちゃうよ~」

 のほほんとした顔でチカが提案した。

「それいい、はいアキ。どうぞわたしの首にまきついて」

「言っとくけど、中身がぎっちぎちに詰まった生きてる襟巻だからな。重いって泣き言言ったって知らないからな」

 両手を広げて、さあどうぞと構える沙奈の肩めがけてアキがジャンプした。

「うっ。アキ、見た目よりすごく重い」

 ずっしりとした重量を両肩に感じながら、林の中を先導するチカの後を追って老松御殿に向かった。


 長く開いたことがないとアキが言っていた老松御殿の御城門が、太い閂を外して開いていた。

 門の外にはかがり火が焚かれているようで明るかった。

 御殿の正面玄関にもかがり火が焚かれている。母屋での通夜祭のときには手伝いに来ていた分家の人間が弔問客を出迎えていたが、御殿にはだれかを出迎える家人の姿はどこにもない。

 それでも御殿の中からは明かりが零れていて、時折影が動くのを見ると誰かの存在を感じた。

「なかなか来ないね」

 痺れを切らしたように沙奈が言うと、

「まだ時間が早いからかな。ああ、でもほら提灯の明かりが見えてるからもうすぐ客がくるぞ」

 アキが顔をあげると鼻先で御城門の外を差した。

 丸い提灯が列をなして御城門から玄関へと歩いて行くのが見えた。提灯の明かりが強すぎて、持ち手の姿が光に混じって見えにくい。

「よく見えない。でも、なんだか……ちいさい?」

 ぴょこぴょこと跳ねるような歩き方が可愛らしい。

「あれもアヤカシ?」

「一匹一匹は小さいけど、仲間の危機には全員が力を合わせて敵を追い返したりするんだ。侮れないやつらなんだぜ」

「うふふ。アキったらこの間あの子たちをからかって仕返しされていたもんね~」

「だまれ、チカ、この野郎」

 小さなアヤカシの群れが玄関の向こうへ姿を消すと、まるで光の洪水のように大小様々な提灯が列をなして御殿の中へと消えて行った。

 提灯にはそれぞれのアヤカシの特徴があるらしく、沙奈にはさっぱりだがアキとチカにはどんなアヤカシが弔問に訪れたかがわかっているようだった。

「でもさ、死んだのはわたしのひいおじいちゃんなんだよね。なんで老松さまのおうちで式をするんだろう」

 沙奈の疑問は素朴でもっともなものだった。

「沙奈のパパ――父さんは柿谷の次男だよな。だから沙奈がくわしく知らなくて当然なんだけど、じゃあ知らなくていいかっていうと、俺は違うと思うんだ」

 真面目な声で話し始めたアキの言葉を、沙奈は黙って聞いていた。

「だって、沙奈は俺の姿も老松さまの姿も視えたからさ。今、あの御殿の中にはこの土地の土地神さまである老松さまと万物に関わるたくさんのアヤカシがいて、人間は柿谷の当主しかいないんだ。昼間、柿谷の家で行われたのが告別式なら、夜の間に御殿で行われるのは新しい当主、総代の襲名披露みたいなもん。御霊移しとかって人間は呼んでるけどさ。もちろんその儀式もちゃんとあるにはあるけど、一番長い時間をかけてやるのが新しい総代の披露なんだよ。んで、その総代はかならず俺たちの姿はもちろんだけど、老松さまの姿は視えていないと絶対にだめなんだ」

「どうして」

「それが絆だから」

「視えていないとどうなの?」

「絆が切れてるってこと」

 顔の間近で見るアキの青い瞳が、かがり火の明かりを受けて揺らめくように輝いた。悲しそうにも見えたが、そんなことはないと信じる強い光にも見えた。

「ねえねえ、あのおじいさん、なんか困ってるみたい~」

 言いながらトコトコと飛び出していくチカの後を慌てて追った。

 最後の客なのか、辺りにはほかのアヤカシの姿も気配もなくなっていた。

 仙人のような姿をした老爺は亀甲竹の杖に寄りかかるようにして立ち、首を少し傾けて耳を澄ましている様子が見て取れた。

「どうしたの?」

「おや、こんな遅い時間に珍しいね」

 沙奈の問いかけに反応した老爺は笑顔を向けて言った。

「爺さんも老松御殿に招待されたのか?」

 沙奈の代わりにアキが答えた。

「……なんじゃ、アキ。いつから襟巻なんぞになりおった」

「なってないし、これは沙奈が寒いだろうから気を使ってやってんだよ」

「気を使ってやってるってなによ」

「いちゃつくな、しょんべん小僧どもが」

「おじいさんってば面白いの~」

 けらけら笑うチカは相手にせずに、気を取り直したアキが、

「なんか困ってることがあるんなら手伝うぜ」

 老爺はちらりと玄関の方へ顔を向けると杖の先で差し、

「長く生きとるとな、目も耳も悪ぅなってのぉ。ここまでなんとかやってきたんだが疲れたようで足が動かんのよ。手伝ってくれると言うなら御殿の中まで連れて行ってはくれんかの」

「じゃあ、わたしと手をつなごっか」

 首に金毛の狐を巻き付けた沙奈は、仙人姿の老爺の手を引いて御殿の表玄関まで案内したのだった。

「ここからなら案内役も出てきてくれよう。ありがとうな、アキ、チカ。それに……柿谷の子よ」

「よく柿谷の子ってわかったね」

 どうしてと訊ねようとしたが、老爺の姿は真っ白な煙に変わり、廊下を滑るように奥へと去って行ってしまった。

「ほかにも困ってるアヤカシがいるかもしれないよね。門の外で待ってみない?」

 沙奈の提案に驚いたアキとチカだったが、普段ほとんど聞くことのない感謝の言葉に味を占めていた。

「沙奈、まだ寒いか?」

「ううん、もう平気。身体を動かしていれば寒くないもん」

「困ってるアヤカシのお手伝い~!」

 3人は仲良く肩を並べて御城門の外へ駆け出した。

 さっそく困っているアヤカシに出くわすと、押しかけ道先案内人の出番だ。

「お困りのようですね」

 とアキが気取った声を出し、

「わたしたちがお手伝いをします」

 と沙奈が続けば、

「どうぞごひいきに~」

 チカのよくわからないセリフで締めくくられた。

 新しい総代である晴久の襲名儀式は明け方まで続き、途切れない客の案内をこっそり勝手に行っていた3人は途中で疲れて眠り込んでしまった。

 なんとか両親が起き出すまでに布団に戻ることに成功した沙奈だったが、枯葉まみれの洋服をみつけられてまたしても小言を食らう朝だった。


「すんげー怒られてたな、平気か」

 まるで自分が叱り飛ばされたような怯えた顔で沙奈を心配するアキ。

「平気だよ、いつものことだもん。それに服を汚しちゃったのはわたしだしね、怒られてもしかたないよ」

 沙奈はあっけらかんと答えた。

「僕ならきっと食欲なくってミミズものどを通らないと思う~」

「……」

 チカの食事内容を聞かなかったことにして、沙奈が手をぽんと打った。

「あのね、いいことを思いついたんだけど」

「なに」

「わたしたちでアヤカシや妖怪さんたちの困りごとを解決してあげない?」

「夕べみたいなことをやるってことか?」

「うん」

「楽しそぉ~。だって僕、あんなにいっぱいありがとうって言われたの、はじめてだもん」

 チカは嬉しそうな顔で持参したミミズをぶちいっと食いちぎると、美味しそうにコリコリと咀嚼した。

「狐と狸で狐狸……こり、コリ」

「こりこりってなんかヤダ。食べられてる感じがするし……もっと可愛い名前がいい」

 視界の端の方ではチカが残ったミミズの半分をぱくりと口に放り込んでいた。

「キツネとタヌキを合わせて狐狸って言うんだぞ。チカがミミズを食べるときの音なんかじゃねーよ」

「そうなんだ。それなら狐狸ん堂ってどうかな。可愛くない?」

「狐狸ん堂か、いいな。悪くない」

 褒めて遣わすみたいな口調のアキに、

「うわ、なんかムカつく」

「いててっ」

 人間の姿をしているとはいえ、敏感な鼻先を強く摘ままれたアキが悲鳴をあげた。

「沙奈ちゃんはすぐムカつくね~、これ食べて仲直り~」

「気持ちだけもらっとくね、うん、すぐムカつくの反省するから」

 チカが差し出した活ミミズを、沙奈はそっと押し返した。

「狐狸ん堂結成!」

 老松御殿と柿谷家の母屋との間にある林の一角で、狸族のチカ、老松の後継狐族のアキ、柿谷家の沙奈の3人は高らかに宣言したのだった。


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