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守り人と金色の狐  作者: 高千穂ゆずる
狐狸ん堂の設立
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狐狸ん堂の設立<4>

 土地神の守り人の神葬祭は、一週間ほどを要して行われる。

 儀式の準備に親族が駆り出されるが、式に臨むのは次の守り人となる次期当主だ。沙奈ら子供たちは邪魔にならないようにおとなしくしているしかなく、とうぜん本家に自分の部屋などない沙奈は暇を持て余していた。

 通夜祭にのみ参列が許された沙奈は、はじめて経験する葬儀を、とにかく必死に両親の所作を真似て式を終えた。曾祖父との思い出や記憶などはないに等しい沙奈は、ただただ目にする儀式の様子が珍しかった。

 遷霊祭で行われる御霊移しと呼ぶ儀式は、老松が住まうという老松御殿で三日を通して行われる。その後御殿から戻ってきた新たな守り人――総代である当主を迎えて、前当主の葬場祭、火葬祭、埋葬祭を行った後に再度老松御殿に式を無事に終えた報告に参るという。

「おとなって大変ね」

 思わず7歳児でさえ口にしてしまうような様々な儀式がてんこ盛りで残っているのだった。

「で、ぜ~んぶ終わったかと思いきや直会の儀ってやつでやっと終わるんだよ、めんどくさいだろう?」

 少年の姿に化けたアキがポテトチップスを途切れなく口に放り込みながら言った。

「直会の儀ではと~ってもおいしいご飯が食べられるって聞いたよ~」

 アキの横に腰かけている少年も、美味しそうにポテトチップスを食べた後に言った。

 沙奈の右手がすっと上がり、

「アキくん、アキくん。彼はだれ」

 当たり前の顔で沙奈の離れにやってきた初対面の少年が、アキが遠慮なく縁側にあがると一緒にあがり、お菓子の袋に手を突っ込んでぱくつけば自分も同じようにぱくついた。

 少しオレンジの色味が入る金髪に青い瞳のアキと違い、彼は沙奈とよく似た茶色の髪にとび色の目だった。アキの友達だとすぐにわかったのは、しまい忘れている太いしっぽのせいだ。

「知らないのか?」

 今さら驚いたような顔を見せるアキだが、その手には乗らない。

「はじめてだよ。アキくんのお友だちなの?」

 改めて彼に顔を向けると、ほいきたと言わんばかりの勢いで庭へ飛び降りると、

「狸族のチカと言います~。種族は違うけれど~、アキとは幼馴染なんです~。きみは守り人の柿谷家の人間なんだよね~、よろしくお見知りおきくださ~い」

 語尾がふんわり間延びする独特の口調で、チカと名乗った少年は自慢のしっぽを見せびらかすように振った。

「ほんとははじめてじゃないんだよ~、沙奈ちゃんがここに来る途中、見かけているんだよね~」

「え」

 沙奈は頭の中で狐と狸の姿を浮かべると、必死に記憶を巻き戻してみると、

「ああ、あのときの子ぎつねさんと子だぬきさん!」

 道端で見かけた2匹のことを思い出した。

 沙奈はなんだか嬉しくなった。両親が期待したひとつ違いの従妹は相変わらず部屋にこもってばかりで、沙奈は少しも楽しくないのだ。

「利都ちゃんが遊んでくれるかと思ったけど、ずっと部屋に閉じこもってるからつまらなかったんだよね。アキとチカが遊んでくれるならいいかな」

「利都か。前はもっと外で遊んでたんだけどな」

 ぼそっとアキが漏らしたのを沙奈は聞き逃さなかった。

「利都ちゃんのこと知ってるの?」

「柿谷の人間はみんな知ってるぞ」

「じゃあ、利都ちゃんもアキのことが見える?」

「それは」

 アキとチカが顔を見合わせて困惑したように口ごもった。

「見えないの?」

「わかんねえ。見えてるとは思うけど、見えてたからってかならずしもこうやって関わりを持ったりするわけじゃないしな」

「そうなの?」

「沙奈はとくべつなのかも~」

 チカがにこにこと満面の笑みで答えた。

「特別って言われたらうれしいけど、でも、利都ちゃんもアキたちのことが見えてるんならいっしょに遊べるといいのに」

 庭に面している利都の部屋の窓をちらりと見て呟いた。

「沙奈は怖いのとかって平気か?」

 とつぜんの問いかけに沙奈の表情がこわばった。

「怖いのって、なに」

 怖いと一言で言ってもいろんな“怖さ”があるというものだ。

「オバケはだめだけど、虫とかへびとかは平気っ。オバケはだめだけどオバケは、オバケはだめだけどね」

「お、おう。オバケがだめだってことはわかった」

 アキの視線がチカに向き、チカの視線はアキに向いた後、沙奈へと向けられた。

「え、だからオバケはだめだよ」

「オバケ、ではないんだけど~、形によってはそう見えちゃうこともあったり~なかったり~」

「なんなの? オバケなの、オバケじゃないのどっち!」

 焦らすような言い方のチカに向けて沙奈が問い質した。

「アヤカシ」

 アキがぼそりと答えた。

「アヤカシ……? ってなに」

「モノノ怪とか妖怪とか、まあ、そういう風に呼ばれてるやつらってこと、かな」

「僕らが平気なんだから~、きっと沙奈は平気だと思うよ~」

「……そっか。そうだよね、アキは狐だしチカは狸だもんね。2人が平気なんだからだいじょうぶよね」

 脅かさないでよ、と声を立てて笑う沙奈は、

(アッチ寄りの姿のやつもいるけど黙っておこう)

 と思っている狐狸コンビの心の声を知る由もないのだった。

「日没後に林のところに来いよ」

 日の入りから明日の日の出の間に老松御殿で行われるという告別式に、沙奈をこっそり案内するというアキの誘いを受けた。

 今日も夕飯は沙奈ひとりで食べるのだし、両親が離れ家に戻ってくるのは夜遅くなってからだ。

 寝ているようにうまくごまかせば大丈夫だ、と夜の外出に沙奈はわくわくしていた。


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