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守り人と金色の狐  作者: 高千穂ゆずる
狐狸ん堂の設立
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狐狸ん堂の設立<3>

 予想はしていたが、泥だらけになっている沙奈を見た両親は言葉をなくし、慌てて親戚から着替えを借りてきた。

 神葬祭の準備で沙奈を放ったらかしにしていた反省もあってか、両親の小言は短かった。

(もっと怒られるかと思ったけど……)

 神妙な顔でごめんなさいと謝り、残りの日数はおとなしく過ごそうと沙奈は思った。

 遅めの昼食を終えた午後の2時過ぎから神葬祭は始まり、神職も兼ねる柿谷晴久の祝詞が粛々と屋敷内に響き渡った。

 夕方には儀式も終わり、沙奈たち子供はここで晴れて自由の身となった。

「パパたちは残っている儀式の手伝いがあるから、沙奈は離れに戻っていなさい」

「夕飯のお膳はもう運んであるから、それを食べてね」

「パパとママを待ってちゃダメ?」

「遅くなるから先に食べていなさい」

 父親に頭を撫でられた沙奈は、諦めたように頷いた。

 離れ屋に戻るとき沙奈が振り返ると、柿谷の大人たちはあの渡り廊下が始まる部屋へと揃って入って行くのが見えた。

「ねぇ」

 声をかけられて振り返ると、ひとつ上の従妹の利都が睨むように沙奈を見ていた。その後ろには、こちらもなぜだか不機嫌そうな顔の利久が立っている。14歳になる利久は背も高く、7歳の沙奈から見れば大人のようにも見えた。

 ようやく顔を合わせられたことが嬉しかった沙奈は、庭に下りるのをやめて従妹たちのもとへ走り寄った。

「アンタさぁ、林の向こうに行ったでしょ」

「え」

 沙奈はぎくりとした。すぐにアキとの約束が脳裏に浮かんだ。

(パパとママにも内緒ってことはイトコにも、だよね)

「行ったけど、怖くてすぐに戻ってきたよ」

「あったりまえでしょ。林の向こうには怖い神さまが住んでいるんだから、うっかり入ってご機嫌でも損ねたらひどい目に合うよ」

「怖い……神さま?」

「そうよ。だから林の向こうには行っちゃだめだからね」

「うん、わかった」

 睨むように見ていたのは心配していたからなのか、とほぼ初対面の従妹に対して沙奈は素直に頷くとにこりと笑った。

「晩御飯を食べたら婆さまのところに行くから、離れでおとなしく待っていろよ」

 利久はぶっきらぼうにそう言うと、自分の部屋へさっさと戻って行った。

「婆さま……?」

 利都に視線を向けると、

「わたしたちのおばあちゃんってこと。寝たきりってわけじゃないんだけど、足が悪くて部屋からあまり出てこないんだよね。でも、せっかく孫が集まったんだから顔を見せてってことよ。どうせ」

 はぁとため息を吐いた利都に沙奈が首を傾げていると、

「昔話をするんだと思う」

「絵本の読み聞かせみたいな?」

「ううん」

 利都は首を振って意味深な表情を浮かべると、

「老松さまの話」

 と耳打ちした。

 まるで怪談話かのような口ぶりだったが、沙奈はすでに老松と顔を合わせていたから怖がる様子も見せず、逆に、

「どんな話なんだろう。わくわくするね!」

「……本気で言ってるの、それ」

 本家の利都にとっては何度も聞かされた話なのだろう。うんざりするような顔をしていたが、初めて聞く沙奈にとっては興味津々でしかない。

「じゃ、あとでね」

「うん、あとでね」

 沙奈の足取りは弾んでいた。

  

 婆さまの部屋は、沙奈たちが泊まる離れ屋と渡り廊下で繋がっているもう一棟の離れ屋だった。古びた外観からは想像できないほど、内装には手が入っていた。

 もちろん婆さまが高齢で足も悪く、介護のためだろう。沙奈のいる離れ屋とは違って畳はひとつもなく、フローリングになっていて壁にはぐるりと手すりが設置されていた。

「婆さま、沙奈もいっしょだよ」

 利久、利都に続いて沙奈も部屋に入った。

「倫久も裕子さんもいそがしい人だけぇ、こがぁなときくらいしか本家に戻れんのはさみしいねぇ」

 倫久と裕子とは沙奈の両親の名だ。

 暗くなった窓ガラスに映る婆さまの小さな後ろ姿が印象的だった。

「老松さまのお話が聞けるって利都ちゃんから教えてもらいました」

「……聞きたいかぇ」

 婆さまがにこにこと皺だらけの顔を綻ばせた。

「こっちへおいで」

 手招きされた沙奈がベッドのすぐ傍を陣取ると、利久と利都は黙って時間を潰そうという感覚で、部屋の隅に腰をおろした。

 婆さまが聞かせてくれたのは、昔ばなしのように古い物語で、それは初代老松と白い蛇の姿をした白露という名の土地神との悲恋だった。

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