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守り人と金色の狐  作者: 高千穂ゆずる
狐狸ん堂の設立
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狐狸ん堂の設立<2>

 両親は葬儀の手伝いで母屋に残り、沙奈は離れにぽつんと置いてきぼり状態だった。山を背にした庭に二棟の離れ屋が建っている。

 縁側に出た沙奈はすることもなく、母屋の中で忙しなく動き回る大人たちを眺めていた。2人の従妹はどちらも自分の部屋にこもっていて、まだ顔を合わせていない。ひとつ上の利都とは仲良くできるだろうと親は言っていたが、今のところそんな気配は微塵もなかった。

「ひま」

 沙奈は沓脱石の上に用意されていた庭歩き用の靴を履いて庭へ下りた。

 母屋から伸びる渡り廊下の先が気になった。

「あっちはあの門があったところだよね。うわ~、気になる」

 とはいえ、母屋の方へ近づけば大人の目に触れて、

「おとなしくしていろ」

 と叱られてしまうに違いない。なにやら殺気立っている様子が幼い沙奈にも伝わってきているので、それは避けたい事態だった。

 隣地との境にあたるところに林があり、見たところ門や塀といった境はないようで、

「行くしかないよね~」

 沙奈は葬儀出席のために着せられていたよそ行きのワンピース姿のまま、林の中へ入った。

(あ、きつねの子だ)

 沙奈の目の前に子ぎつねがまた姿を見せた。

「おまえ、柿谷の人間だったんだな」

「しゃべれるの?」

「まあな」

 得意げに目を細める子ぎつねに、

「なんで、ここにいるの? この先にはなにがあるの? あの渡り廊下の向こうにはなにがあるの」

 沙奈が矢継ぎ早に質問を投げた。

「柿谷の人間なのに知らねえの?」

「だって、ここに来たのってすごく久しぶりだってパパとママが言ってたし、わたしはもっと小さいときだからなんにも覚えていないし、そんな風に言われるのって……なんだか、むかつく」

 そう言った沙奈がきつねの子を捕まえようとしたが、するりするりと躱されて気づけば泥だらけになっていた。

「しようがねえな、じゃあ連れて行ってやるよ。だけどこのことは内緒だぞ。パパママにもだからな」

「だったらはじめっからそう言えばいいのに」

「おまえもむかつくヤツだな」

「じゃあおあいこだね」

 立ち上がった沙奈は泥だらけのワンピースのことは諦めて、子ぎつねの案内に従った。

 林を抜けると、ぐるりと外廊下に囲まれた屋敷が現れた。鬱蒼と茂る木々のせいか、どこか薄暗く感じた。

 母屋からの渡り廊下は、外廊下のひとつに繋がっていた。子ぎつねから離れてこっそり覗きに行くと、母屋側の方にだけ見たことのない扉で封じられていた。

「おい、こっち」

 呼ばれて戻った沙奈が、

「おいじゃないから、ちゃんと沙奈って名前があるんだから」

「いきなり名乗るなよ、びっくりするだろ」

「なんで? おいって呼ばれるより名前で呼んでほしいからじゃない。ねえ、そっちは? なんて名前なのよ」

「俺は」

「名前、あるよね?」

「あるけど」

「まさか、教えられないような恥ずかしい名前とかなの?」

「ちげーよ。俺の名前は……アキ。アキって呼んでくれればいい」

「アキ? きれいな名前じゃない。じゃ、よろしくねアキ」

「お、おう。沙奈もな」

 互いに自己紹介を終えると、アキは屋敷の裏手に沙奈を連れて行った。

「俺らはここから出入りするんだけど、ずっと昔には御城門側の表玄関を使うこともあったみたいなんだ。今は門も閉めたっきりだけどさ」

 アキは寂しげな目で門をみつめた。

「アキが出入りするってことは、ここに住んでいるのはアキの家族なの? きつねさんたちの家ってこと?」

「は? それ本気で言ってる?」

「ちがうの?」

「狐の姿でしゃべってても平気だから知ってンのかと思ってたけど、ほんとうに知らねえんだな」

「アキ、しつこい。なんの話してるの?」

「この屋敷に住んでンのは老松さま。ここら一帯の氏神さまで、柿谷は代々老松さまの守り人をしている氏族なんだよ。んで、老松さまは狐の姿をしているんだ」

 説明しながらアキは自らの姿を人間へと変化させた。

 ちょうど沙奈と同じ年頃の少年の姿だ。金色の髪に青い瞳で、沙奈とは大きく違った外見をしているが、沙奈はあまりこういうことには無頓着だった。

「化けた」

「化け……うーん、まあそれでもいいや」

「っていうことはアキが老松さまなの?」

「ちがう。俺は後継っていうか。まあ、とりあえずこの屋敷には老松さまが住んでいて、明日からはここで奉告祭が執り行われる、ってだいじょうぶか? 話についてこれてるか?」

「聞いたことのない言葉ばっかりで頭がパンクしちゃいそう」

「どうせ、この儀式には俺も沙奈も参加するわけじゃないしな」

 沙奈の髪にからまったままの枯葉を取ってやりながら、アキは笑った。

「奉告祭に出るのは次の守り人になる人間だけだからな。えっと、晴久だっけか、つぎの当主」

「晴久おじさんが」

 ほとんど記憶にない伯父が、そんな大仰な儀式に出るのかと沙奈はぼんやりと思った。

「いつまでも入ってこないからどうしたのかと思ったら」

 背後からとつぜん声をかけられたアキと沙奈はびっくりし過ぎて階段から転げ落ちた。

「おや、これは可愛らしい客人を連れて」

 階段の上から見下ろすように沙奈へ視線を向けたのは、薄い縞柄の着物姿の青年だった。その青年の目が沙奈をみつめて言葉を飲み込んだ様子があった。

「あ、あの」

 勝手に敷地の中へ入ったことを叱られてしまうと思った沙奈は、急いで起き上がると頭を下げて、

「勝手に入ってきてごめんなさい。ゲームもテレビもないしひまだったからつい」

「……」

 バカ正直に言い訳する少女に向けて、青年はぷっと噴き出した。

「ひまだったからつい、か。確かに儀式ものなんて忙しいのは大人たちだけで、子供はひまだろうね」

 顔を横に向けて肩を振るわせながら笑う青年に、アキが驚いた顔で、

「老松さまが笑ってる」

 とつぶやいた。

 驚いたのは沙奈だ。

「老松さまってあの老松さま? さっき話してた老松さま?」

(氏神さまって目に見えるものなの?)

 きょとんとした顔で見上げてくる沙奈に、ようやく笑い終えた老松が、

「そろそろ神葬祭の支度も終わる頃合いだろうから、帰った方がいいね。アキ、境界まで送ってあげなさい」

「はい」

 沙奈は老松にお辞儀をしてから屋敷を離れた。

 老松が境界と呼んだ林までの間、アキは一言も話さなかった。

 林の出口まで来ると、沙奈の宿泊する離れ屋が見えてきた。

「沙奈、さいしょに俺が言ったこと。ぜったいに守れよ」

「……パパとママに内緒って話? うん、ぜったいに言わないよ」

「屋敷のこともだけど、老松さまと会ったこともだからな」

 必死の形相のアキに押されるように、沙奈は大きく頷いていた。


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