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守り人と金色の狐  作者: 高千穂ゆずる
狐狸ん堂の設立
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狐狸ん堂の設立<1>

「沙奈は覚えていないわよねぇ」

 助手席から母親が後部座席のチャイルドシートにおとなしく座っている娘に声をかけた。

「写真でしか知らない」

「墓参りくらいは連れて行ってればとパパも後悔してる」

 運転席から父親が苦笑まじりに応じた。

 柿谷沙奈は車窓の向こうを流れていく緑を眺めた。自分たちが住んでいる市内から10分ほど山に向かうと一気に景色は変わった。

「りっちゃんとは年が近いからすぐに仲良くなれるかもな」

 父親の言葉に、

「りっちゃん?」

「沙奈の一つ上の従妹よ、利都ちゃん。お兄ちゃんの利久くんと3人で映ってる写真があるじゃない」

「……うーん、なんか見たような気もする」

「本家に顔を出したのって沙奈が三つか四つくらいのころだから、3、4年は経ってるわけね。利久くんは沙奈より七つ上だから14歳か。きっとずいぶん大きくなっているんでしょうね」

 母親は久しぶりに顔を合わせる親戚の子供の成長を楽しみにしているようだが、

「ねえママ。今日は本家のお葬式に出るんだよね、なんか、そんなのん気でいいのかなって」

「いやだ、ママったら沙奈に叱られちゃった。あと、お葬式じゃなくて神葬祭ね」

 喪服に身を包んだ母親が娘の間違いを微笑みながら正した。

「亡くなったのはパパの祖父で、沙奈にとってはひいおじいちゃんになるわけだけど、100歳を超えた大往生だったし悲しいというよりも長く生きて氏神様と柿谷を守ってくれてありがとうっていう、感謝の気持ちの方が強いかな。パパのお父さんは早くに亡くなってるからほんとうに長い間、総代を務めていたからね」

「氏神さま、と……柿谷を、まもる……?」

「ああ、そうだよ」

 父親はそう答えながら交差点に侵入すると車を左折させた。5分ほど走ると左手には春の田起こしをしているのどかな風景が広がっていた。道を挟んだ反対側には20戸ほどの集落があり、沙奈たちが乗る車に手を振る者もいた。

「あの辺りには柿谷の分家筋の人とか本家に古くから関わりのある人たちが住んでいるのよ」

 父親の代わりに母親が説明した。

 とつぜん車が停車した。

 田起こしの作業を中断させてやってきた男性は父親の知り合いらしく、運転席の窓を開けて、

「いい天気が続くから作業が捗るなぁ」

 と声を張ると、

「守り人の代替わりがすんなりいく兆しだろうな、俺らからしたらありがたい話よ」

「つぎの総代もしっかり勤めを果たすから心配はいらないよ」

 父親たちの話をぼんやりと聞きながら、視線を道路の先に向けると一匹の子ぎつねがこちらを見ていることに気づいた。

(きつねだ、本物見るのってはじめて)

 すると今度は側道から子だぬきが姿を現して、やはりこちらを気にするような仕草を見せた。

(お友達なのかな、だってきつねとたぬきは種族がちがうもんね)

 車の外にいる大人たちはだれも気づいている様子はなかった。

 沙奈は車の中から小さく手を振った。離れているから見えていないかもしれないし、人間に手を振られたからといって彼らがどう思うかなんて沙奈もわからない。

 ただ、なんとなく出会えたことがうれしくて手を振っただけなのだ。

 2匹は同時に首を傾げると、近くの茂みの中へ姿を消したのだった。


 本家に到着した沙奈たちは広い駐車場の一角に車を停めた。

「実家とはいえ駐車場から門までの坂をのぼるのが億劫」

「沙奈を抱っこしていたときはほんとうに辛かったわ」

「今はもう沙奈は自分で歩けるから助かる、ほんとうに」

 トランクから荷物を取り出しながらしみじみ話す両親を、沙奈は複雑な気持ちでみつめていた。

 柿谷の本家は高台にあり、駐車場を整備したところからは石垣に囲まれた坂道を登って行かなければならなかった。

「お城みたい」

 沙奈がつぶやく。

「城とまではいかないけど、まあ、かなり立派な建物ではあるねぇ」

「おうちの中もとっても広いから迷っちゃうかもね、沙奈」

「いやぁ、薄暗いところもあるから、怖くてあんまりうろうろできないんじゃないかな」

「そうね、わたしでも近寄りたくないところがあったもの」

 幽霊屋敷にでも向かっているのかと思ってしまうような話題を聞きながら、沙奈は親の後をとことこと歩いていた。

 坂が途切れると、左右に未舗装の道に出た。親たちは左へと進んだが、沙奈の目は手入れの行き届いた立派な御城門に釘付けになっていた。

 門の向こうは鬱蒼と木が茂っていて建物はまったく見えない。

 離れていく親の背中を見て、もう一度御城門へと視線を戻した。こちらの方が大きくて立派なのに、なぜあちらへ行くのか。

「沙奈、なにしているの? 本家はこちらよ、いらっしゃい」

「はーい」

 母親のもとへ駆け出した沙奈の視界の端に、一匹の子ぎつねが見えた。

(あれ? あの子)

 子ぎつねはさっと姿を消したようで、沙奈が振り返ったときにはもういなくなっていた。

「どうしたの?」

「ううん、なんでもない」

 母親に差し出された手を握った沙奈は、立派な長屋門を潜った。


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