禁足地の謎(4)ー2
柿谷晴久が帰宅したのは、沙奈と利都、利久が夕飯を食べているときだった。晴久は玄関から土間を通って直接自分の部屋に向かった気配がした。
沙奈と利都は早々に食事を済ませて当主の部屋へ向かった。とうぜん、沙奈が利都を先導する形だ。
「ちょっとくらい時間をあけた方がよくない? 父さんは今帰って来たばかりなのよ」
「後回しにしてたらおじさん寝ちゃうかもしれないじゃない」
「そんなすぐには寝ないわよ。どうせ夜遅くまで仕事するはずだから」
「じゃ、お仕事の前に話しちゃおうよ」
「アンタほんとに行動力のかたまりね」
晴久の部屋の前でひそひそ話していたのが中に聞こえたようで、
「利都と沙奈ちゃん。そんなところで話していないで入っておいで」
笑いを堪えているのがわかる晴久の声が、自分たちの存在を気づかれて目を丸くしている2人にかけられた。
襖を開けて中を覗くと、晴久は涼し気な夏紬に着替え終えたところだった。
「2人は夕飯は済ませたのかな」
おいで、と手招きしながら晴久が訊いた。
「一応食べました」
そう答えた沙奈を見た晴久は、確認するように今度は利都に視線を移した。利都は頷いて、
「父さんが帰って来たのがわかったから急いだけど、まぁ、一応、食べたかな」
「利都にはなにか心残りがあるようだね」
夕飯の後に出される予定のアイスクリームが気になる利都を見抜いた晴久が、台所で洗い物を始めたトウコへ、
「2人のアイスクリームを私の部屋に持ってきてもらえるかな。手を煩わせて申し訳ないね」
と声をかけた。
晴久の膳を挟んで、沙奈と利都はアイスクリームを頬張っていた。学校から直接本家へ行ってしまった娘の着替えを持ってきた裕子の手土産で、新しくできた地場産にこだわった人気ジェラート店のアイスクリームだ。
「夕飯を早く切り上げてしまうほどの用とはなにかな」
しじみの澄まし汁を堪能した晴久は、碗を置きながら話を切り出した。
沙奈と利都は一瞬視線を向け合ったが、口を開いたのは沙奈だった。洗濯狐の親子の話を一生懸命に話した。そして、
「人間の最初のお客さんはりっちゃんがいいんじゃないかって言ったら、砂輝さんがわたしたちで勝手に決めたらダメだって。ちゃんと晴久おじさんに許してもらってからじゃないとダメだって言われたんです」
「……なるほど」
晴久の視線が利都に留まると、
「利都はどう思ってるのかな」
「砂輝さんはすっごくステキでおしゃれで、メイクだって私の憧れがぜんぶそこにあるみたいで。だけど父さんが駄目だって言えば諦めるしかないとも思ってる」
砂輝の前で見せた、あのキラキラした眩しい表情が利都の顔から消えていた。父親と目も合わせない。
「え、りっちゃん? どうしたの?」
俯いてしまった利都の手にあるアイスクリームは、カップの縁の方から解け始めていた。
「晴久おじさんがりっちゃんをいじめてる」
「沙奈ちゃん、ひどいなぁ。んー、いや、そんなこともないか。これまでの私の行動や言動は利久や利都には厳しかっただろうから。なぁ利都。その砂輝さんというアヤカシの役に立ちたいと思っているのは本当なんだね?」
晴久の顔にはどこか悔恨めいたものが浮かんでいた。伯父と従妹の間でなにがあったのかを、本家に来ることのなかった沙奈は想像もつかない。2人が醸し出す雰囲気に、幼いながらも口を挟んではいけないと感じていた。
「はい」
利都は俯いたまま返事をした。
「りっちゃん、もっと大きい声で言おうよ。わたしもいっしょに言うから」
沙奈は隣に座る利都の手をぎゅっと握った。
「砂輝さんの役に立ちたいです、はい、いっしょに!」
はあ? という表情で沙奈を見返した利都だが、沙奈の「わたしたち狐狸ん堂メンバーでしょ」という言葉で意を決した。
こくんと大きく頷くと晴久を、父親を睨むように見た。
「砂輝さんの役に立ちたいです」
沙奈と利都の声が重なった。
晴久の表情が驚きから喜びに変わった。目を細めて微笑んだ晴久は、
「柿谷は土地神さまを祀る守り人だが、その土地に生きるすべての生命をも祀り、護るのも務めだと私は思っている。だから、賛成だ」
「やった!」
沙奈と利都は座ったまま飛び跳ねて喜んだ。
「しかし肝心の老松様がどう判断なされるかは、わからないけれどねぇ」
今夜も廊下を渡ってみようかと、晴久は蔀戸のあるお渡り控えの間をみつめた。




