禁足地の謎(3)ー2
正午を知らせるミュージックサイレンが鳴り始めた。途端にアキがそわそわとし始めて、沙奈と利都の方を何度も見てくる。
狐狸ん堂の活動は始めたばかりで知名度は低い。黙ってジッとしていたところで誰かが頼みに来てくれるわけもない為、4人は山や川などあちらこちらと歩き回っていた。
この暑さで出歩くアヤカシはいないのか。元気がいいのは蝉くらいだ。
「そんなにお腹すいてるの?」
呆れたように沙奈が言う隣で、チカは声を殺して笑っている。
「昼だし、腹が減って当たり前だろ」
「ただの山歩きにしか思えないんだけど、アキくんが言うようにお昼ごはんにしようよ」
今にも地面に倒れ込みそうな様子の利都が、切通しになっている崖に手をついて訴えた。
「この先に茶畑があるから、そこで休ませてもらおうよ。この時間ならおじさんたちもお昼の休憩してると思うし」
息も絶え絶えに利都が教えると、
「それだとお前らといっしょに弁当が食えねーじゃん」
口を尖らせるアキに、急に背筋を伸ばした利都が、
「じゃあ私と沙奈でお茶だけもらってくるから、アキくんはこの辺で涼しいところみつけててよ」
「え、わたしも行くの?」
手を掴まれた沙奈が驚いた顔で訊いたが、
「アキくんたちの分もいっしょにお茶をもらうのに私ひとりじゃムリに決まってるでしょ。手伝って」
利都は構うことなくぐいぐいと坂を上って行った。さっきまでのくたびれっぷりはどこへいったのか、と沙奈は首を傾げたが、楽しそうな従妹の様子になんだか嬉しくなった。
茶畑では思っていた通り、昼休憩に入ったおじさんやおばさんたちに頼み込んでお茶をわけてもらった。やかんごと渡された中身は水出しの荒茶でよく冷えていた。
アキたちの元に戻って弁当を広げ、はじめて飲んだ荒茶に感動している沙奈と、はじめて手作り弁当に挑戦した利都はつかの間の休息を楽しんだ。
「このあとどうするの? 山の中を歩き回ってたらなにかが起きるの?」
春に狐狸ん堂を結成した時に沙奈が言ったことを、今度は利都が繰り返した。
「そこが悩ましいところなんだよね~」
アキ同様の美少年ぶりを披露しているチカが、いつもののんびり口調で答えた。
「妖怪やアヤカシ、ケモノたちの悩みを解決? するのが狐狸ん堂なんだよね。そううまい具合に悩みを抱えた妖怪たちが現れるかなぁ」
「りっちゃん、それはわたしも思ってることだよ」
「じっとしてたって転がり込んではこねーだろ」
「それもそうだよね~」
4人が輪になって知恵を絞っていると、
「あんのクソババア! 年寄りはこれだから頭が固ぇって言われンだよ」
藪の中から突如、ボブハットを浅めに被った青年が毒づきながら飛び出してきた。
「ひゃっ!」
「おっと悪りぃな」
飛び上がって驚いた沙奈と利都に青年が笑って謝った。すらっとした長身で白のTシャツとGパン。薄手のデニムシャツを羽織った姿はファッション誌から抜け出てきたような爽やかさだった。
「作左じゃん」
知り合いなのか、アキが指さして名を呼んだ。
「アキか。変わらねぇなぁ、お前。今も狸とツルんで……いやいや、すげぇ変わったな。人間の女の子がいっしょじゃねぇか」
「まぁな。っていうか、この2人は柿谷の家の子だから」
「柿谷、か。そうだとしてもよ、今までになかったことじゃねぇのか、おい」
やるなコイツ、とアキを小脇に挟むと頭をこぶしでグリグリしたりしている。
「意味わかんねーしッ」
くすくす笑うチカをアキは横目で睨みつけながら、
「それよりどうしたんだよ。作左は街に美容師? とかってヤツの修業に出たって砂輝おばさんから聞いてるぜ」
「……」
砂輝の名前を出すと途端に仏頂面になった作左が、
「クソババアとはさっきケンカしてきたばっかだ」
と吐き捨てるように言った。
「理由、訊いてもいいですか」
沙奈がそろりと右手を挙手して訊いた。
作左は自分が理想とするヘアサロンは妖怪アヤカシだけじゃなく、人間も相手にした店なのだと母親の砂輝に伝えたが、砂輝はこれまで通りの方針を貫くの一点張りで、一向にこちらの話を聞き入れるつもりがないのだとアキたちに話して聞かせた。
「街で修業してたってさっきアキが言ってたけど、それってとうぜん人間のお店ってことですよね」
沙奈が疑問を口にした。
「わたしたちは柿谷の血筋で“視える”力があるわけだから、アキやチカそれに作左さんが視えて話せるのはわかるんですけど、その修業してたってお店のひとは妖怪とかアヤカシだったんですか?」
「あ、それは私も聞きたい」
利都も沙奈の問いに頷いた。
急にそわそわし始めたチカに、
「チカはなんか知ってンのか」
アキが話を振る。
「うん。僕はアキと違って土地に縛られてるわけじゃないからときどき街に下りたりするからね~」
「なんだよ、それ」
悔しそうな顔で口を尖らせたアキが、話の続きを促すように視線を作左へ戻した。
「人間にもいろいろいてさ、俺らのことがぜんっぜん視えねぇし気配も感じねぇヤツもいれば、RYOKUさんみてぇに視えるし話せるし理解もあるひとがいンだよ」
「りょく、さん?」
沙奈と利都が顔を見合わせて首を傾げた。
「俺を受け入れてくれたサロンのオーナーだよ。雑誌にも載るくらい人気の美容師なんだぜ」
自分のことのように得意げに話す作左に、
「僕そのひと知ってるよ~。駅前のおっきな画面で宣伝してた~」
チカは両手を大きく広げて言った。頭の中にはそのときの光景が浮かんでいるのか、琥珀色の虹彩が急に輝き出した。
その話題で盛り上がる作左とチカだったが、
「作左としては、りょくってヤツみたいに妖怪の類いが見えて話せる人間がいるんだから、そういう人間を相手にこれからは商売したいってことか」
アキが話を戻した。
「母ちゃんが言うこともわからなくはねぇけど、せっかく俺らひとの姿に化けることも交流をもつこともできるアヤカシじゃねえか。実際そとに出てわかったンだよ、母ちゃんの腕の確かなことがさ。ケモノだけじゃもったいねぇじゃん」
沙奈と利都が「それって」と同時に呟いて互いの顔を見た。
「狐狸ん堂の出番じゃないの!」
そして声を揃えて叫んだ。




