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守り人と金色の狐  作者: 高千穂ゆずる
禁足地の謎
15/22

禁足地の謎(2)ー2

 最寄り駅からバスに乗り、30分以上かけて柿谷本家近くのバス停で降車した。真夏の日差しに負けまいと濃い緑を天に向ける木々は、父親の車で走った時とはまったく別の印象を沙奈に与えた。

 もちろん春と夏の季節の違いはあるが、沙奈の心が違っていた。

 自分でも少々浮かれているなとはわかっていたが、

(楽しみなんだもん、しょうがないよね!)

「ありがとうございました!」

 降車するときのバスの運転手へのあいさつも溌剌としたものだ。

 沙奈以外にもバスを降りる乗客が何人かいて、顔見知りのようでそれぞれが誰かに挨拶をしていた。バス停周辺が少し賑やかになり、沙奈が人垣の前でうろうろしていると、

「沙奈、こっち」

「あ、りっちゃん。迎えに来てくれたんだ、ありがとう!」

 声をかけてきたのは柿谷本家の長女、沙奈の従妹でもある柿谷利都だった。

 沙奈はほっとした顔で従妹の傍へ駆け寄った。利都にわからないように素早く視線を動かして周囲を見渡したが、アキとチカの姿は見えなかった。

「バスに乗るのがはじめてだって父さんが言ってたから、仕方なく来たのよ」

 つっけんどんな言い方だったが、嬉しそうに綻んでいる口元が沙奈との再会を実は楽しみにしていたのだと教えてくれていた。

「ちょっと待って。アンタ、学校から直接来たの?」

 沙奈の背中にランドセルがあるのを見た利都が、信じられないという顔で言った。

「そうだよ。だって早く来たかったから」

「じゃあ、ほかの荷物は? 着替えとかそういう……」

「……あ」

「あ、じゃないでしょう?! バカじゃないの。どうするのよぉ」

「しかたない。ここはパパに走ってきてもらおう」

 父親を使いっ走りに使おうと、しれっとした顔で答えた沙奈を利都は呆れた顔でみつめた。

「だいじょうぶだよ、裕子さんが午前中のうちに持ってきてくれているからね。いやぁ、さすが母親だ。沙奈ちゃんがまっすぐ本家に行くことを見抜くとはね」

 はっはっはと笑った柿谷家当主は久しぶりに会う姪の頭をぽんぽんと撫でて、

「いらっしゃい。皆がきみを待っていたよ」

 意味深な言葉を告げた。

 もちろんその意味を沙奈は理解していた。

「夏休みの間、お世話になります!」

 沙奈と晴久だけが通じる話をしている、と気づいた利都が訝るように2人を見ていた。

 当主への挨拶を終えたバスの乗客たちの姿もすでに消えていて、蝉だけがそこら中で盛大に騒いでいた。


 昼食抜きでバスに飛び乗った沙奈は、本家で軽い食事を用意してもらって食べた。祖母は昼寝の最中ということで、挨拶は夕方がいいだろうと言われてそうすることにした。

「あの、ひとりでもだいじょうぶなので前と同じ部屋じゃだめですか」

 夏休みの間、沙奈が過ごす部屋として用意されていたのは、利久の部屋の隣りにある空き部屋だった。

 沙奈の着替えなどが入ったボストンバッグはきれいに片付けられた部屋に置かれていて、自宅ではベッドで寝起きしているということを知った晴久が簡易ベッドまで用意させていた。

 それでも沙奈は春に本家を訪れた際に使っていた離れ家を希望した。

「あっちにはエアコンないよ」

 利都はここでも呆れ顔で言った。

(この部屋じゃ、朝早く抜けだしたりできないもん。ぜったいバレちゃうじゃん!)

 改装されて隣室とは襖ではなく壁で仕切られているとはいえ、静かな早朝では小さな物音でも聞こえてしまう心配があるのだ。

「困ったねぇ、当主からこの部屋で過ごしてもらえぇいうて言われとるんよ」

 本家に到着すると晴久に代わって部屋まで案内してくれたのは、遠い親戚だという大屋トウコで、若い自分では判断ができないという様子で応じた。晴久はすでに仕事に戻っていた為に、屋敷にはいなかった。

「晴久おじさんにはわたしからちゃんと話すので」

「沙奈、本気で言ってる? 田舎だから夏は涼しいとか思ってるんなら大間違いだからね」

「縁側の窓とか開けっ放しにしてたら涼しいでしょ」

「むし! 虫が入ってくるじゃない!」

「虫くらいいるでしょ、すぐ裏が山だし御殿との間には林があるんだもん。りっちゃん、虫がきらいなんだ」

「好きなひといる? 虫」

「わたしは平気」

(ダメな虫もいるけど、アキたちといっしょにいたからだいぶ平気になったもんね)

 青い顔の利都に対して、勝ち誇ったようなドヤ顔を決める沙奈。

「当人がいいって言ってるんだから、好きなようにさせたら」

 ふいに利久が部屋から出てきて憮然と言い放った。廊下の騒々しさが気に入らなかったのか、少し苛立っているような表情だ。

 助け舟だ、と喜んだ沙奈だったがトウコは譲らない。

「当主の言いつけだけぇ、そがぁな勝手は駄目よ」

「本人が離れの方がいいって言ってるんだからそれでいいんじゃないの。べつにトウコさんが世話するわけじゃないんだろ」

「それでも言いつけは守らんと」

 険悪な雰囲気の2人を前に沙奈は焦った。

(どうしよう、この感じだとわたしの話は聞いてもらえなさそう……あ、りっちゃんに味方になってもらえば)

「なにこっち見てるのよ」

 沙奈の視線に気づいた利都が言う。

「味方になって」

「え、なんで私が」

「利久くんはりっちゃんのお兄さんじゃん」

「兄妹だからって仲がいいとは限らないのよ。それにトウコさんも頑固だから苦手」

「りっちゃんワガママ」

「どっちがわがままなのよ。沙奈が黙ってこの部屋を使えば済むことでしょ。なんであんな離れがいいのか、そっちの方が不思議。……――ははぁん。なにか裏があるみたいね。教えなさいよ、そうしたら味方になってあげるし、いろいろ協力もしてあげる」

「……う~ん」

 沙奈は迷った。だがこうしている今も利久とトウコは同じ言葉の応酬で押し問答を繰り返している。

(りっちゃんだって柿谷のにんげんだし、まったく関係がないわけじゃないんだから、りっちゃんに話すくらいだいじょうぶだよね)

「ちょっとこっち来て」

 沙奈は利都を廊下の隅に連れて行き、アキとチカと3人で結成した狐狸ん堂のことを話した。もちろん老松様と会っていることは話していない。

「アキっていうんだ、あの子」

 利都の顔がふわりと上気した。沙奈はその意味がわからなかったが、ただ真実を知って喜んでいるだけだと思った。

「条件があるんだけど」

「りっちゃん卑きょう者。わたしが離れを使いたい理由だけじゃダメなの?」

「その狐狸ん堂、私も仲間に入れて。それが条件」

「そんなのわたしが勝手に決められないよぉ」

「それ、トウコさんと同じこと言ってるよ」

「……う~ん。わかった、仲間に入れる。アキたちにはわたしが話すし説得もするから、その代わりずっとわたしの味方だからね。りっちゃん約束だよ」

「沙奈も卑怯じゃない。ずっと沙奈の味方じゃないといけないわけ?」

「……」

「……」

 沙奈はどうしても離れ家を使いたかったし、利都はどうしてもアキと親しくなりたかった。

「とりあえずここは」

「手を結ぶしかないようね」

 こくんっと互いの顔を見合って小さく頷いた2人は、言い合う利久とトウコの元へ戻った。

 柿谷本家の兄妹と当主の姪が揃って同じ主張をしてきては、トウコは譲るしかなかった。

「トウコさんが晴久おじさんに叱られるようなことにはならないから」

 平身低頭の沙奈に根負けしたように嘆息したトウコが、

「それじゃあ荷物は離れ家に持って行っておきますけぇ」

「いいえ、自分の荷物くらい自分で運ぶので、トウコさんはトウコさんのお仕事に戻ってください」

 沙奈は胸の前で両手を振ってトウコの申し出を辞退した。

 トウコは会釈をして自分の仕事に戻っていき、利久はこれ見よがしな大きな溜め息を吐きながら自分の部屋へと帰った。

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