禁足地の謎(2)ー1
終業式を迎える朝。沙奈は落ち着きがなかった。
(終業式が終わったら本家に行く。バスは久留原行きに乗る。終業式が終わったら本家に行く。バスは久留原行きに乗る)
心の中で何度も繰り返していた。
「ママもパパも仕事だから送ってあげられないけど、1人で平気か? 週末まで待てないのか? そしたらパパが送ってあげられるよ?」
「もうパパしつこい! 昨日からずっと同じこと言ってる」
玄関の外ではいっしょに登校する近所の同級生が待っているというのに、倫久は食い下がるように同じことを繰り返し訊いていて、
「いってきます!」
見事なタイミングで倫久の鼻先を掠めた玄関ドアは、ぴしゃりと跳ねのけるように閉まった。
ドア越しに、沙奈ちゃんどうしたの? パパが朝からしつこいだけ、ええ沙奈ちゃん可哀そう、という父親の心を軽く抉る会話が聞こえてきた。
「だから諦めなさいって言ったのに、パパが聞かないから」
裕子の呆れた声が倫久の背中にかけられた。
「どうせお盆までは毎週末本家に行くつもりなんでしょ? それでいいじゃない」
「沙奈がいない家なんて」
「あら、私はずっと家にいるんだけど。それはどうも失礼いたしました」
「え、ちが。違うからな、裕子と沙奈はべ、つ」
「そうですか。じゃ、私ももう仕事に行くからパパ戸締りをよろしくね」
「俺もいっしょに」
妻に伸ばした指先は、これまたバタンと玄関ドアを閉じられて、悲しくも宙をさまよう羽目になった。
朝の会ではじめてもらうことになる通知表の話題で、教室の中はもちきりだった。沙奈は、
(終業式が終わったら本家に行く。バスは久留原行きに乗る。終業式が終わったら本家に行く。バスは久留原行きに乗る)
と、柿谷本家に行ってアキたちと会うことばかりを考えていた。
校長先生の長いお話が恒例の終業式も、通知表を渡される帰りの会の間も沙奈の頭の中はアキやチカ、利都と過ごす夏休みのことでいっぱいだった。
担任教諭からもらった通知表も、その内容の良し悪しは沙奈にとってどうでもよかった。とはいえ沙奈の成績はかなり優秀で、とくに頑張ったのは体育だ。運動神経の塊でもあるアキが本気を出す時には狐の姿になるものだから、足手まといになるものかという一心の努力だった。
「沙奈ちゃん、いっしょに帰ろう」
友人が誘ってくれたが、沙奈は乱暴にランドセルを背負うと、
「これからまっすぐ本家に行くから、ごめんね」
謝りながら教室を飛び出した。ぽかんとした顔のクラスメイトが「そうなんだ~」と答えていたが、廊下を全力疾走で駆け抜けている沙奈の耳には届いていなかった。




