08.もう一つの社
青木くんに、待ち合わせ時間まで案内してもらい、またバス停に戻ると、ちょうど良いタイミングでバスが到着した。
バスから降りてきた杏ちゃんにニヤニヤされて、デートだと茶化されたのは言うまでもない。
「ダメだよ青木ィ。ひつぎちゃんにはイケメンの彼氏がいるんだから」
「は!?お前あいつと付き合ってんの!?」
二人とも話をややこしくしないでほしい。
「何、会ったの?」
「あれだろ、青い目ェしたやつ。さっき境内に続く通路でバッタリ」
「違うから!センさんはそういうのじゃないから!本人に聞かれてたらどうするの!」
わちゃわちゃと賑やかに会話していると、巫女姿の人が神社の境内の方からこちらへとやってきた。
「あんたたち、もう少し大人しく出来ないもんかしら」
巫女姿に薄く化粧を施していたものだから気づかなかったのだけれど、石神さんだった。
「これで全員ね。ところで奈良原さん、さっきセンとか聞こえたのだけれど。もしかして会ったの?」
センという名前に過剰気味に反応してくる石神さん。この神社にもよく来ているとセンさんも言っていたし、もしかしたら石神さんとセンさんも顔見知りなのかもしれない。
「会ったも何も、さっきそこら辺にいたぞ。お前もあいつと知り合いなのかよ」
青木くんのゲンナリしたというふうな言葉に、石神さんは思っても見ない反応を示した。
「センという、青い眼の男性でしょう?それは、ここに祀られている龍神様よ」
──彼女の言葉に、その場にいる全員が絶句した。
だって、バスで何回も会ったじゃないか。図書館で同じ本を読み合って。さっきも青木くんと衝突しそうになったし。
その彼が、龍神様──?
「龍神様にだって名前くらいあるのよ。みんなが彼を神様と称しているだけで、彼にだって名前はあるの。川と書いて川様。私は昔、まだ物心ついたくらいの頃に、祠近くで会ったのが最後──。そう、もう封印が解けてしまっていたのね。私のところにはあれ以来現れて下さらないけれど」
石神さんは嘘を言っているようには見えない。
確かに不思議な出会い方をした。深い水底のような青の瞳。彼が、龍神様──。
「そうすると、ちょっとヤバいかもしれないわね。境内から滝壺近くへ続く道があるのだけれど、そっちへは行かない方がいいわ。奈良原さんは特に、ね」
意味深な言い方。彼女も、私の知らない何かを知っている。
どうして?と聞く前に、彼女は続けた。
「もう一つの社があるのよ。滝壺の上の崖を山頂方面に少し登ったところに。赤鬼の一族の長を祀った、今にも崩れ落ちそうな社がね」