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05.伝承

 青い瞳の彼、センさんは、あの再会からバスで会う頻度が増えていった。

 決してこちらから連絡をとることはしていない。そもそも連絡先なんて知らない。

 それに、彼と会うタイミングはまちまちで、私が乗り込んだバスに彼が乗っていたということもあれば、私の乗っているバスに彼が途中から乗ってきたということもあり、バス停で見かけて一緒にバスに乗るということもあって、ほぼこれは偶然の領域に過ぎないという会い方だった。


 けれど、入学初日から先日名乗られた再会の日までは全く会うことがなかったというのに、そこから待っていたかのように頻繁に見かけることが多くなったのは、何かが必然的に見えないところで動いているような、そんな気がしてならない。


 会うと言っても、特別親しく話したりするわけではないが、簡単な近況報告をしあうくらいだ。主に私の近況報告をセンさんが聞いてくることの方が多いが。


 彼について何者なのだろうという疑問はいまだに解決しない。大学生なのか、社会人なのか、どこに住んでいるのかもよくわからないでいる。

 けれども私も私で、そこに別段深く突っ込んで聞くということもしないので、私たちの関係性はあやふやなままだ。



 さて、センさんのことは置いておいて。

 私は学生であり、本分は学業である。林間学校までの日にちも少しずつ近づいてきたところで、グループ単位で行う学習が始まった。

 各グループでそれぞれ課題を自主的に決め、林間学校当日に課題についての現地調査をして後日発表を行うというものである。


 私のグループには石神さんがいるということもあり、石神神社の歴史についてをまとめることになった。林間学校当日の現地調査だけでは内容が薄くなってしまうという意見もあり、私たちは休日を使ってグループ内の行けるメンバーだけで、とりあえず石神神社に行ってみようということになったのである。


 この計画においても石神さんは、チラチラと私のことを気にしている様子で、睨んでいるように見えた。いまだに嫌われる心当たりのない私は、もう彼女の行動について深く考えないと開き直ったので、特に気にすることもなくなった。


 石神神社にお邪魔するのは今週の日曜日ということで、集まれそうな人は私、杏ちゃん、青木くん、そして実家なのだから当然だけれども石神さん。この四名ということになった。

 他のメンバーたちは、どうにも塾や習い事、部活の休日練などがあるため難しいとのことだった。


 石神神社というところ、隣街の山間部ということもあり、私が訪れるのは今回が初めてとなる。休日に友人たちとこうしてお出かけなんて初めてなので、緊張半分楽しみ半分というところである。


 と、その日の前に、私たちなりに前知識を入れておこうということになり、今日は高校からすぐ近くにある図書館に、杏ちゃんと放課後来ていた。

 杏ちゃんも帰宅部で、彼女はここから徒歩圏内に住んでいるという。青木くんは部活ということだったので、今日は杏ちゃんと二人きりである。


 図書館は歴史を感じる外壁のわりに、中は明るく窓から日差しが降り注いでいてとても清潔感のあるつくりだった。

 杏ちゃんは読書家で、ここにはよく学校が終わってから来るらしい。彼女に先導されながら、郷土資料室というところに入る。ここは貴重なこの地域の伝承、民話、郷土資料を保管する部屋なので、受付の人に許可をもらってから入ることになっている。私たちももちろん受付を通してここに入ったのだけれど、どうやら室内に入ると誰か先客がいたようだ。

 人の気配がした。


 「さーて、調べたいことはある程度絞ってきたから、資料探すよー」

 図書館内では静かにするべきという常識などお構いなしの声量で杏ちゃんがそう言うものだから、慌てて私は先客がいることを伝えた。

 どうやら彼女は先客に気付いていないようで、並んだ大型の本棚を一列ずつ確認することにした。


 すると、先客の姿を確認。

「あ、利用者さんいたんですね。大きな声出しちゃってすみません」


 先客の立ち姿には見覚えがあった。

 杏ちゃんは構わず話しかけている。


「どうしてここに」


 私の声に、先客と視線が交わる。

 紛れもなく、センさんだった。


「あぁ、ひつぎさんでしたか。こちらはご学友の方ですね。俺のことは構わずどうぞ」


「なんだひつぎちゃんの知り合いかぁ。ありがとうございまーす」


 挨拶もそこそこに、杏ちゃんは資料探しを始める。


「どうしてここにと聞かれましたね。調べ物ですよ。五百年ほど前の資料を読みたくてね」


 杏ちゃんに聞こえない程度の声量で、センさんは私にそう言った。


 五百年前──というと、それはちょうどあの鬼姫と龍神の民話の頃。つまり彼も、私たちと同じようにこの民話についての知識を欲していることになる。


「正確には。五百年前から今に至るまでの、ある一族の記録ですけれどね。戦時下の頃に、何に巻き込まれたのかその一族は行方が分からなくなったそうです。この土地にかつて居たことは記録されているんですが」


 センさんは、手元に開いていた書物に目もくれず、私をジッと見据えてくる。


「おーいひつぎちゃん、資料あったよー、こっちこっち」


 センさんは何か言いかけようとしたようだが、杏ちゃんの声に気付いて言葉を飲み込んだようだった。


「そう、なんですね。では呼ばれているので、また」


 私はそう返すのが精一杯で、逃げるように杏ちゃんのいるところへ小走りで移動した。


「なあにー、ひつぎちゃん大学生の彼氏居たのー?」

 杏ちゃんのもとへ行くと、小声で茶化すように肘で小突かれた。


「違うよ、ただバスでよく一緒になる人」


「ひつぎちゃんはそう思っているだけかもしれないけれど、さてあの人はどうかなー?ひつぎちゃんを見るときの視線、熱っぽかったよ」


「やめてよ、聞こえちゃう」


 女子高生というものはこの手の恋愛話に敏感で、やたらと聞きたがってくる。

 しかし杏ちゃんの良いところは、切り替えの速さである。


 私がこうしてちょっとでもたしなめれば、ハイハイと笑って話を本題に切り替えてくれるのだ。


「ちょうど、民話についての詳細が載っていそうな本見つけてきたよ。著者は隣街の人みたいだね。──あらま。ひつぎちゃんと同じ名字じゃん」


 杏ちゃんが持っていた本には、著者名に奈良原紗枝(さえ)と記名があった。


「隣街、この名字多いの?珍しい名字かなーって私は思ってたけど」


「いや、私も珍しい方の名字だと思ってた。私の──親族かもしれない」


 このとき私は、その本に書かれた名前を見て、何か触れてはいけないものに手を出そうとしているような気持ちになった。

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