03.巫女
奈良原ひつぎ。それが私の名前である。
ひつぎなんて、棺桶を連想させるような名前をよくも付けたなと私も一時期悩んでいたことがあった。けれど、名付け親であるらしい両親は私が物心つく前に他界している。
私は今に至るまで祖母と暮らしているけれど、祖母にそんな悪態をつけるはずもなく、やり場のない自分の名前に対するコンプレックスだけがいまだにモヤモヤと私の中にある。
だから、この教室で自己紹介をしたとき、棺桶なんてあだ名で呼んでくる人がいなくて、チャチャを入れるような無神経な人がいなくて、かなりほっとした。
それに、おそらくこの民話の影響だろう。
英雄視されている鬼の一族の姫と同じ名前というだけで、仲良くしてくれる人たちが出来た。
一部を除いては。
その一部というのが、先にも語った通りの石神さんである。
石神ひかり。何やら実家は神社の子で、時折巫女さんとしてバイトしているのだとか。
聞けば石神さんは中学の頃からあまり人と積極的に関わらないタイプの人ではあったそうだが、ここまで誰かに対して拒否反応を示すのは珍しいとのこと。
そんな嫌な珍しさを私に発揮してほしくなかったな。
一体何が気に食わないのか、私としてはまったく見当がつかない。なんなら彼女とはまともに会話すらしていないはずである。
具体的に石神さんに何か嫌がらせなどを受けたことはないのだけれど、他の人への態度と全然違って睨まれ、無視されることはよくある。
「石神神社の人だからねぇ。ひかりちゃんはその点、特に信仰が強めなんだろうね、きっと」
お昼休み。弁当をつつきながらそう言ってくれたのは、槙谷 杏ちゃん。
彼女もこの街出身で、石神さんとも中学が一緒だったという。杏ちゃんは私に一番初めに声をかけてくれた友人である。
「信仰って?」
私が卵焼きを飲み込んで聞き返すと、杏ちゃんは水筒の麦茶を一口飲んでから答えた。
「ひつぎちゃんの住む隣町まではこの民話伝わってないんだもんね。信仰っていうのは大きく二つ派閥みたいなのがあって、一つは赤鬼の姫を英雄視して神とあがめる人たち。そしてもう一つが」
「石神神社が滝壺の近くに祠を建てて祀っている、龍神信仰だろ。俺も混ぜろよ」
杏ちゃんの話を途中で遮ってきた彼は、青木 大輔くん。青木くんもこの街の出身だけど、杏ちゃんや石神さんとは中学が違ったらしい。
二人とも今回の林間学校の同じグループのメンバーである。ほかに二人ほどメンバーはいるのだけれど、彼らは中庭でご飯を食べることにしているそうで、私たちとは毎回お昼になると別行動だ。
「ちょっと遮らないでよ。でもまぁそういうこと。ひかりちゃんがひつぎちゃんのこと敵視しているのも、案外その名前からきてるのかもねぇ。灯継姫のことを石神神社の人はあまりよく思ってないって聞くし」
杏ちゃんは勢いよく弁当に入っていた焼きそばを吸い込み、上手く吸い込めなかったようで噎せていた。
なるほど、名前が同じというだけであの対応はさすがに安直すぎるかと思っていたけれど、宗教観というか実家の教えから来るものだとすればバカに出来ないかもしれない。
上手く言えないけれど、申し訳ないような気持ちになった。