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02.既視感

 あれから、高校に入学したあの日の朝から、あの男性を見かけることはなかった。

 同じ時間帯のバスに毎日乗っているが、同じ方向から通学してくる生徒たちで車内は人が多く、初日が嘘だったようだ。


 しかし、あの男性の顔を私は何故かずっと覚えている。むしろ、頭から離れない。

 幽霊、というほど儚げな印象はなかった。けれど忽然と消えてしまった彼を、どう位置づけたものか。


 黒髪を長くして、後ろで結っていた彼。目だけが深い水底のような青をしていた。ハーフなのか、外国の方なのか。

 顔立ちは日本人に近かったけれど、美人と言っていい綺麗な男性だった。

 これだけ詳しく覚えているというのに、あれから三ヶ月が過ぎようとしている。

 あの日たまたま乗り合わせただけの彼。もう会えないのかもしれない。


 それともあの人は、私が見た幻だったのだろうか。



 高校生活は順調で、男子とも女子とも仲の良い子ができたのは幸いだった。初日の自己紹介の際に、私の名乗った名前が妙に珍しかったのが話のきっかけとなったようで、いろんな人との交流が生まれた。

 ここ数日は、(きた)る七月初旬に予定されている、親睦を目的とした林間学校のあれこれについて、グループを作って話し合いをしている。仲の良い子たちとグループを組むことが出来て安心。

 と思いきや、ちょっとそうも言っていられない生徒が一人だけいた。


 石神ひかり。グループを作る際に最後まで輪に入れなかった生徒である。人数の調整の関係で最終的に私のいるグループに落ち着くこととなったのだけれど、どうにもこの女子生徒、私のことを敵視しているように感じる。

 理由はわからない。思い当たる節もない。けれど、いつもこの子から視線を感じる。気がつくと睨まれている。そういうことが何回もあって、私としてはいつしか避けたい存在になっていた。


 今日は四限、林間学校でお世話になる施設の周辺の、散策のためのルートを決め、その土地に伝わる民話についての理解を深める時間になっている。


 林間学校で利用させてもらうことになっている施設は、高校のあるこの街の北のはずれにあるらしい。

 この街で育った生徒の中には、小中学生の頃に行ったことがあるという子もいるようだった。だから民話というのも、一部の生徒にはもう耳にタコが出来るくらい聞いたことがある話のようで、

「高校生にもなって昔話を聞かなきゃいけないのダルい」

 という意見まで出た。


 私としてはこの手の話はわりと好きな部類なので、大人しく先生の語るその民話に耳を傾ける。


 民話の内容はこうだ。

 昔々、この辺り一帯を、人ではなく鬼が仕切っていたそうだ。

 赤鬼の一族。そう呼ばれていた。里におりてきては人をさらい、食われたり遊び道具のように拷問にかけたりするという、それはそれは悪評高い鬼の群れ。山の頂上付近にその集落はあった。


 しかし、鬼とは別に人々に畏怖の念を抱かれながらも信仰される、神様がいたそうな。

 水を司るその神を、人は龍神様として奉った。

 龍神がいるとされているのは鬼の集落から少し離れた、同じ山にある滝。


 龍神は良きもの、鬼は悪しきものとして、人々はそれらの怒りをかわないよう必死に生きていたそうだ。


 しかしある時、赤鬼の一族の長の娘が龍神と出会い恋に落ちる。

 赤鬼の長も一族の者も、龍神に対して良い印象など微塵もなく、恋をすることを娘は禁じられた。

 禁じられただけならまだしも、赤鬼の長は酷く立腹し、龍神の滝など壊してしまえと襲撃を企てた。


 それを知った娘は、自ら赤鬼の一族を滅ぼし、集落に火を放つ。

 反逆した娘に反撃を試みた鬼たちもいて、娘は満身創痍の状態で、集落の鬼たちを片付けた後、自ら龍神の滝壺へと身を投げた。


 その娘の名は──ひつぎ。

 私と、同じ名前の、鬼の姫であった。

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