00.プロローグ
遠い遠い夏の記憶。あの頃は毎日がキラキラしていて、驚きの連続で……なんていうとどうにも嘘くさく聞こえてしまうけれど。
私のあの夏はもう、どこにもない。返ってこない。
私はもう、故郷を焼き払った大罪人なのだから。
「姫様!どうして」
「どうしてもこうしてもないわ。私はこの一族を終わらせる」
「あの青鬼めに吹き込まれたのですな!そうでなければこのような所業、我らの姫様がするはずがない!」
一族の長の娘。それが私のちっぽけな肩書きであった。
まだ息のある何人かは私を、私という反逆者を姫様となおも呼び続ける。
姫様なんて、私はそんな大層な存在じゃなかったんだ。昔も今も。
父がこの一族を統括していたから、みんなチヤホヤしてくれただけ。
その父ももう既に屋敷の最奥部で、炎に巻かれて息絶えているけれど。紛れもなく父を殺したのは私である。
屋敷を焼き尽くそうとする炎は、やがて村を飲み込んでいく。
さようなら、私の故郷。思い出のたくさん詰まった地よ。これにてお別れです。
左手に持った太刀を軽く振り払うと、付着していた彼らの血液が地面に音をたてて散らばった。
私の名は灯継。赤鬼の一族の長が娘。
私の名のもとに、赤鬼の一族は滅んだ。人間たちよ、安心するがいい。
妖怪の頂点に君臨していた鬼はもう、この世にはいないのだ。
私ももうすぐ死ぬ。
出来ることなら……。
叶わぬ願いと知ってはいるけれど、もし許されるなら、次は人として生まれたかった。
燃え盛る村を背に、満身創痍の身体を引きずるように歩いて、私は村外れの滝へと来た。
やつは今頃寝ているだろう。静かに、そっと消えよう。
脳裏に青い髪の男の顔がチラついた。
お前に飲まれて死ぬなら本望だ。
なあ、次は一緒に、生きてくれるかい。
声に出さず、静かに崖から身を投じる。滝壺に吸い込まれるようにして、私の意識も消滅していくのがわかった。