愛している
もし――を考えることがある。
もしあのとき、数学のテストを最後まで受けていたら、わたしはきっと、二学期の内申点は諦めて、三学期に賭けるしかなかったんだろうなって。だけど三学期は中間テストがそもそもないから、学期末テストにまたすべてを賭けることになって。ああ、どこかで聞いた話だ
当時、家の中はめちゃくちゃだった。お母さんが再婚して、わたしになんの言葉もなく勝手に再婚したくせに、新しい家族と家族ごっこを強要されていた。わたしには夢があって、そのためには進学が必要で、わたしが必死に受験勉強しているのなんてお構いなしに、あの人たちは『家族』を優先するよう、わたしに強要した。
あれから二年。あの人たちは『家族』になれたのかしら。
「ハナ?」
「ガライ……」
テントの裏側で洗い物をしていたわたしの横にガライが座り込む。そして、わたしの手が濡れているのも気にせず、強引に肩を引き寄せた。
「あはは、どうしたの?」
「俺はハナが愛おしい」
ガライのたくましい体にぶつかった弾みで、手についていた水滴が飛び散る。わたしはそっと瞼を閉じて、ガライがわたしの髪に頬ずりするに任せた。
声が大きくて、がさつで、細かいことは気にしない。
だけど、常にわたしを見ている。わたしが笑えばガライも笑うし、こうして落ち込んでいればそっとそばに来て甘やかしてくれる。
「疲れたときには俺のそばで休めばいい。煩わしいものなど見せはせぬ」
「ふふっ」
ガライは言葉を惜しまない。
かわいい、愛している、愛おしい、ずっとそばにいる。まっすぐすぎて、そんな言葉もはっきりと明瞭な声で言葉にする。
そして、絶対にわたしを否定しない。育った環境が違うから、ときどき困った認識の相違があるけれど、全部肯定してくれる。そのうえで、わたしとガライにとっての幸せを探してくれる。
ガライと一緒に草原を駆け巡って、星空のきれいな夜はカンテラを持ち出して大空を仰ぎ、ガライが狩りに行っている間、わたしは細工の細かいパンを作って、ときどき一緒に遠出して森にある川に釣りに行ったり、雲やトウマを交えて大きなシーツを洗濯したりする。季節の変わり目には、近所の男たちと誰が一番早くテントを立てられるか毎度ムキになって勝負するガライを、お嫁さんたちと笑いながら応援したりする。
楽しい毎日。ガライのおかげで毎日、大空に向けて思いっきり笑える。声を抑える必要なんてないの。そうやって育ったから、ガライの声はとっても大きい。
思ったことがすぐ顔に出る、口にも出る、ときには手も出る。ガライだけじゃなくて、この部族の人間はみんなそう。だけど、わたしにとって、ガライだけが特別なの。
「ガライ、わたし、幸せよ」
何年も何十年も、ここで、ガライのとなりで生きていたら、わたしもガライのようにストレートな想いを言葉にだせるかしら。
「ハナ、子を作ろう」
「うふふっ」
こんなことまでストレートなお誘いなのね。返事に困って笑ってしまう。
真っ赤になって熱いくらいのわたしの頬を、ガライの分厚い手のひらが優しく包んだ。
わたしの家族はここにいる。