王国騎士団は天使の夢を見る
純白のウエディングドレスに身を包みとびきりの笑顔を見せる彼女に、あぁ、綺麗だな、と見蕩れてしまった。
※※※※※
エルデー王国の姉妹王女は姉は女神、妹は天使と称されるほどの美人姉妹として国内外で有名だ。統治も安定しており婚姻について特に政略を考える必要も無い。容姿だけでなく性格・素養も良いとなれば、まぁ求婚者は引く手数多で選り取り見取り。のはずだが。
「本当か?」
「本当だ」
第二王女の想い人が騎士団の中にいるらしい、という噂は『そうだったら良いなぁ』との希望的憶測と共に常に囁かれてはいたが。そしてそんな噂が立つほどに、忙しい中でも差し入れ持参で騎士団詰所や訓練場にその見目麗しいお姿を表しては、むさ苦しい野郎共に潤いと癒やしを提供されていたのだが。
なんと、王女の想い人は本当に騎士団に所属する人物だと言う。昨日の茶会で婚約者候補の話題が盛り上がった際に本人がうっかり口を滑らせてしまい、その場にいた全員が衝撃を受けたのだと。
「で、誰だ?」
「お前じゃないのか?」
「何故に」
「身分・役職も然る事ながら、騎士団一の美貌の持ち主ぃたたたたっ!」
「要らん事言うのはこの口か?」
確かに私の身分は歴史のある侯爵家の三男、だが代々文官を輩出した名家で、武官を目指すべく騎士団入団試験を受けると宣言した時に父親に勘当を言い渡されてからは全く家には寄りついていない。
そして今の私の役職は三番隊副長。
この三番隊というのは変わった経歴を持つ。三番隊は主に魔物の討伐を行う部署だ。以前は単に討伐隊という形で隊員も素行の良くない荒くれ者ばかりだったのが、五十年ほど前の当時の女王様が
「貴方方のお陰でこの国の皆が健やかな日々を送ることが出来ます。本当にありがとう」
と事ある毎に謝意を示し、隊員も女王様の顔に泥を塗ることは出来ないと品格のある行動を心掛けるようになり、それを喜んだ女王様の計らいで騎士団に組み込まれたという。
だが魔物と対峙する時には品格など構ってはいられない。故に現状は外面の良い荒くれ者の集団だ。殉職率を低く保つ為に入団と共に身分関係無く新兵として鍛えられ、必然高位貴族の子息という温室育ちの坊ちゃんではとてもとても務まるものではないとのことだが。
話を持ってきた同僚の頬を限界まで引っ張った後にぱっ!と手を離すと、反動でびよんっ!と元に戻った。
「痛っ!」
「意外と柔らかいのだな」
「…お前、黙って立ってたら深窓のご令嬢と見紛うくらいたたたたっ!」
物心つく時分から拐かされることその未遂も合わせて数え切れないほど。珍しい色味でもあり確かに子どもの頃はまぁ可愛らしい容姿ではあったかもしれないが、それほどかぁ?と鏡を見る度に、ただただ迷惑千万極まりないとの思いを覚えたものだ。そして自我が芽生えて以来、不快なことをする見知らぬ者達を攻撃しまくって、今の私がいる。
「その手の他人の評価は信憑性に欠ける」
「あぁそうだな。柱の影でキャーキャー騒ぐお嬢様方に、お前のその凶暴性を知らしめてやりたい」
同僚は痛みを治める為か、両頬に手を当て涙目でそう宣った。幼児であればその格好は可愛いのだろうが、いい年した野郎では情けなさが際立つなぁ。
「実際、深窓のご令嬢は言い過ぎだ。筋肉達磨に囲まれている所為で細く見えるのかも知れんが、筋肉はそれなりに付いているぞ。何れにしろ私には関係の無い話だ」
関係の無い話だと片付けたはずだが?
父親から『勘当を解くから直ぐ帰ってこい』との知らせに、一体何事かと慌てて帰宅するも
「でかした!!」
と例の噂を都合良く解釈したらしく、何が何やら分からない内に長兄夫婦と共に第二王女が出席されるという舞踏会へ。
「大丈夫か?このような場は縁遠いのだろう?」
一通り挨拶が済んだところで私の無表情を緊張しているからと解釈したのか、長兄が気を遣って弱い果実酒のグラスを渡した。
それを受け取り
「いや、たまに駆り出されるから、場には慣れている」
と返す。
見目が良いとのことで高位貴族辺りから騎士団上層部に『近衛に廻せ』との要望があるそうだが、入団直後の二つ名『騎士団の天使』が1ヶ月後に『地獄の御使い』となった私の制御はかなり困難なのだろう、私としても魔物相手の方が気が楽だ。
「そうか。暴れるのも程々にな」
長兄は優しい。いや、家族全員優しい。そして私がこの家に幸せをもたらしてくれたのだと口々に言う。
私が父方の曾祖父と同じローズピンクの瞳と祖母の容姿、母方の祖父のプラチナブロンドを受け継いだことが、それまでの周囲のやっかみからくる不貞の噂に煩わされていた家族の憂いを全て吹っ飛ばしたらしい。
悪意を持つ者達から常に狙われていた私を家族一団となって護るのは当たり前だと言われたが、私としては本当に感謝しかない。
だから私を庇って家族が傷付く事がとても心苦しく……幼い私は、強くなる、と決めた。自分自身を含め、大切な者達を傷つけさせない為に。父親の『勘当』は『自分達のことは気にするな』との激励だと思っている。
「私が手を出す場合、大抵相手方の対応に大いに問題がある」
「確かにそうだな」
後は壁の花の如く静かにやり過ごすつもりが。
「先程ぶりです。楽しんでいらっしゃいますか?」
第二王女に話し掛けられた。しかもわざわざ私と話したい様子。何故?
それではとダンスに誘ってみた。
優雅な足運びにたまにくるりと軽快に回りながら
「実は、騎士団への差し入れについてなのですが、もしかしたらご迷惑をお掛けしているのではないかと思いまして」
と彼女は綺麗な眉を下げる。
「いえ、大好評です。いつも甘いものと甘くないものそれぞれ1つずつ皆に行き渡るよう大量に作っていただき、本当にありがとうございます」
先程の挨拶の時もさらっとお礼を言ったのだが、改めてそう告げると第二王女からはほっと一安心した雰囲気が伝わってきた。
「菓子職人のものと遜色ありませんから、彼も甘くない方は直ぐに食べて甘い方は後で美味しいお茶と共に味わって食べているようですね」
鎌を掛けてみる。と、淑女の鑑とも言われる彼女がヒュッと小さく息を呑み頬を染めて一瞬視線を私の左斜め後方に向け、更に耳まで真っ赤にして俯いてしまった。……なるほど。
「ただ、今の彼の身分では」
と続けるとはっと顔を上げ、我に返ったように淑女の笑みを浮かべる。
「一時の夢、ですわね」
切なげな微笑。恋する者特有の。
「眠っていないでしょう、貴女も彼も」
キュッ、と繋いだ彼女の手に力が入る。そして『天使』に似つかわしくない挑むような目つき。不敬だが、いい女だと思う。ぜひとも幸せになって欲しい。
「私に出来ることは、焚き付ける事だけ」
危なげなく足を運び
「明後日のいつもの時間。詰所に居ますよ、彼」
くるりとターンを決めて
「皆に、ではなくそろそろ彼個人にサンドイッチでも差し入れたら如何ですか?」
曲の終わりと同時にぴたりとポーズを決める。
一瞬の間の後、割れんばかりの拍手喝采。そして吹っ切れたような彼女の笑顔。後は奴の覚悟次第。好きな人を泣かせるようなヘタレでは無いはずだ。
私は第二王女の何かを打ち壊したらしく、その後の彼女の猛攻は凄かった。彼、俺の直属の上司である三番隊隊長は彼女の想いに応えるべく魔物を切って切って切りまくり、自他共に認める武勲で爵位を賜った。彼女と彼はほぼ自力で外堀内堀埋めまくって婚約、そして結婚へと至る。
※※※※※
「綺麗だよなぁ」
「幸せそうだよな」
「何で隣が奴なのだろうな」
「いや、ずっと見ていただろう」
「あれ、お前を見てたんだとみんな思ってたぞ」
彼女はこっち見ていても、目が合うことはあまり無かったんだよ、実は。
後で奴のどこに惹かれたのかを第二王女にこそっと聞いたところ、
「大きい熊さんみたいで、可愛いなと」
確かにデカくて毛深くて無手では団内で敵う者はいない程強いし渾名は髪の色を取って『赤熊』だが。
『可愛い』ですか、そうですか。
抜けるような青空にカラーン、カラーンと澄んだ鐘の音が響き渡る。神様を始め大勢の者達の祝福を受け、彼等は無事に夫婦となった。
末永くお幸せに。
読了、ありがとうございます。
<(_ _)>
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