初めての休日と、童貞の危機
シンシアとの訓練とランニングを続けること数日。
連日の鍛錬で俺の身体が悲鳴を上げたこともあり、シンシアとの訓練は3日ごとに1日休みを設けることになった。毎日クンクンしたかったのかシンシアはゴネていたけど。
もちろんシンシアは毎日訓練しているが(さすが努力できる天才)、男の俺の体力でそんなことをしたらオーバーワークになってしまう。
そして今日は待ちに待った初めての休日だ。
シンシアとの剣の稽古は辛いときもあるが、前世でまったく経験のないことだったので意外と楽しい。
……まぁ毎日クンカクンカされるのはさすがにやめてほしいけど。俺も一応男である。シンシアのような美少女にくっつかれて嬉しくもあるけどいろいろ我慢するのが大変なのだ。
さて、休みだからといってだらだらとするわけにはいかない。なんせ、数年後には破滅エンドが待っているからな……。
今日はとあるイベントのために、街へ繰り出すことにした。【リバサガ】の世界がどんなものなのかも見てみたいしね。
……普通に家から出ようとすると周りのメイドたちに「おやめください!」と止められたので、バレないようにこっそり裏口から抜け出してきたのは内緒だ。
そんなクロードの家、アルベイン家は、この【リバサガ】世界で主に軍事を担当する貴族。
ただ、伝統的に政治が苦手な脳筋ばかりだったので爵位は子爵どまり。
首都のルーインからいちばん近い街、城塞都市グラルドルフの警備を主に任されている。
そんなわけで、さっそく俺はグラルドルフの街並みを楽しもうとしたんだけど……。
「うん、普通に迷った」
前世で極度の方向音痴だったことをすっかり忘れていた。クロードの知識も屋敷周辺の地形しかなかったし。
「すみません、道を教えてほしいんですけど……」
「ひゃ、ひゃい!? え、なんで男の人がこんなところに!? もしかして逆ナン!? キャーーッ!」
念のためローブを被ってきたが、道を聞こうとすると声で男だとバレてしまう。声をかけた女の子はみんなこんな感じでいまいち話にならない。
「うーん……どうしよう」
「こんなところでどうしたの、ボウヤ。男一人でこんなところにいちゃいけないわよ?」
薄暗い路地裏を歩いていると、すれ違った女性に声をかけられる。
……ものすごい美人さんだな。
漆黒のローブと、燃えるような長い赤髪で隠された片目がミステリアスさを醸し出している。俺より少し高い身長にスラっとした体型。まさにお姉さん系美人だ。
……そしてなにより、いろいろでかい。
「ちょっと道に迷ってしまいまして……。『太陽の家』というお菓子屋さんに行きたいんですけど」
そこで売られているスイーツが、シンシアの大好物なんだよね。訓練のお礼に買いに来たというわけだ。
「なら私が案内してあげる。着いてきて」
サラサラの赤髪をかきあげながらいうお姉さん。
「あ、ありがとうございます! えっと、あなたのお名前は……?」
「私? 私はアニエス。キミは?」
「クロードです。よろしくお願いします」
「よ、よろしくね」
話のできそうな人とやっと出会えた。良かったぁ。見た目はクールだけど、とても親切な人だ。
……一応、【魔眼】で視ておくか。一応ね。
【名前】アニエス・メイリーフ
【種族】人間 女
【年齢】25
【職業】魔法錬金術師
【レベル】25
【魔力】28520
【固有スキル】錬金
【性癖】おねショタ
……うん?
なにやら不穏な情報が書かれているけど……。う〜ん。
というか、この名前……。どこかで見たような気がする。
アニエス……。くそ、あとちょっとで思い出せそうなのに。
記憶の底を漁りながら大人しくアニエスさんの後ろをついて行く。
……どんどんと薄暗くなっていくのは気のせいだろうか。
少し警戒心を高めた時、アニエスさんが急に立ち止まりこちらを振り向いた。
「……やっぱりガマンできない」
……はい?
ハァハァと息を荒げているアニエスさん。なんでそんなに興奮してるんですかね……? ま、まさか……。
「ね、ねぇ! ちょっとくらいならいいでしょ!? こんなとこまで着いてきたってことは、そっちもそういうつもりなんでしょ!?」
「うわぁっ!?」
――そのまさかだった。
アニエスさんに両腕を掴まれ、そのまま路地の壁に押さえつけられてしまう。俺の胸にアニエスさんの豊満な胸が押しつけられ形を変える。
突然のアニエスさんの行動にびっくりした俺は、彼女の腕を振り解こうとしてみる。
……力つっよ! びくともしない……!
「フ、フフフ……! 私もついに女になれる。しかもこんな可愛いオトコのコで……!」
「ア、アニエスさん!?」
「……こんなところまでついてくるなんて、そっちもそのつもりだったんでしょう?」
「違いますっ!」
舌なめずりをしながら顔を近づけてくるアニエスさん。その瞳は興奮に染まっている。
アニエスさんが息を荒げながら、俺の首筋を舐め上げる。興奮しすぎて完全に我を失っている。
「っはぁ……♡ お、美味しいわ……! これが男の味……っ」
「うひゃぁっ! ちょ、正気に戻ってくださいアニエスさん!」
「正気……? 私は正気よ? 男のくせに警戒もせずこんなとこまでホイホイ着いてくるクロード君が悪いんだからね……!」
アニエスさんは唇で俺の首筋をハムハムする。鼻息が首筋を撫でてくすぐったい。
そのまま顔をあげ耳まで舐めてきた。ぬめりと湿った生暖かい舌が俺の耳の穴を蹂躙する。
その未知の刺激にゾクゾクと身体が反応してしまい、俺の反応を見たアニエスさんの興奮はさらに高まっていく。
――アニエスさんのような美人に襲われて悪い気はしないんだけど、さすがにこれ以上はダメな気がする。
「だ、誰かっ……!」
「ふふ……。こんなとこ、誰もこないわよ? ね、このままいいでしょ……?」
大声で助けを呼んでみるが、周りには人の気配はない。
そんな俺を無視して、興奮が最高潮まで高まったアニエスさんの腕が俺のローブをまくり上げる。そのまま俺の胸にその柔らかい手をねっとりと這わせ、密着してくる。
「クロード君……♡」
(あ、終わった)
完全に目がハートになったアニエスさんの熱い吐息が耳元にかかり、快感を受け入れようという気持ちが芽生えかけた……。
――その時。
「ぷぎゃっ!」
密着していたアニエスさんの身体が何者かのタックルでボールのように吹っ飛んでいった。えええ!?
「クロード! 大丈夫ですか!」
「ね、姉さん!」
タックルをかましたのはなんとシンシアだった。そのまま倒れたアニエスさんを組み伏せ、マウントポジションを取っている。
アニエスさんは必死に抵抗しているが、姉さんの拘束からはたぶん誰も逃れられないと思う。
「ああっ! あとちょっとだったのにっ……!」
「黙りなさい、この変態! 男を襲うなんて、女の風上にも置けませんっ!」
……いやいや、あなたも多分変態ですよ?
もちろんそんなことは口には出さない。俺も命が大事だからね。
そんなことを考えていると、怒りに震えるシンシアが拳を握り締め、アニエスさんの綺麗な顔をぶん殴ろうとしていた。
「ちょ、姉さん!? やりすぎだって!」
「クロード、離しなさいっ!」
慌ててシンシアを止めるために後ろから抱きつく。
さすがに殴るのはマズイ! いくら変態とはいえ、可愛い女の子だ……!
「ご、ごめんなさいぃっ! もう二度としませんからぁ!」
「ほ、ほら! アニエスさんも反省してるみたいだし! ねっ?」
「しかし!」
「俺はなんともないからさっ! ……ね?」
「……クロードがそういうなら……。次はないですからね?」
「は、はひぃっ!」
冷静さを取り戻したシンシアがアニエスさんの拘束を解き立ち上がる。よ、よかった……!
「クロード、ダメじゃないですか。一人で外に出るなんて」
「ご、ごめん」
「たまたま私が来たからよかったものの……。忘れたんですか? ――男は童貞を失うと魔力も失うんですよ?」
……はい?
え、俺の知らない設定が出てきたんだけど!?
「そ、そうなの!?」
「はい。……クロード、あなたもしかして性教育の授業をまともに聞いていませんでしたね……?」
クロードぉぉ! お前大事な授業をサボっただろ!!
ていうかゲームでもそんな設定見たことないんだけど!? 制作者の脳内設定じゃないの!?
「は、ははは……。モチロンシッテタヨ?」
「……改めて性教育をしないといけないようですね。仕方ありません、私みずから教えます」
いやいや、実の姉から性教育を受けるなんてどんな罰ゲーム!? 気まずすぎるって!
「だからこんなところに男一人でふらふらとやってきたのね。おかしいと思ったわ」
「変態は黙っていてください。家庭の問題ですので」
「ぐっ……! ていうか、アンタ誰なのよ?」
「私ですか? 私はクロードの姉です」
「クロード、姉……」
アニエスさんがなにやらブツブツ呟きながら考えこむ。5秒ほど考えてから、ハッと何かを思い出したようにシンシアを見る。
「……も、もしかしてシンシア!? あの【閃光の嵐】!?」
「はい。……あとその二つ名は嫌いなので二度と呼ばないでください」
そんな二つ名あったんだ……。ていうかどんどんと俺の知らない設定が出てくるな。まぁ時系列的にはまだストーリーも始まってないから仕方ないか。
「さて、この変態をどうするかですが……。憲兵に突き出すのが一番良さそうですね」
「そ、それだけは勘弁してくださいっ!」
ズザァッ! とアニエスさんが綺麗な土下座をしながら謝る。
「ま、まぁまぁ……。俺もこんなところに一人でいたのが悪かったし、穏便に済ませてあげない?」
「ですが……」
「あ、ありがとうクロード君っ! 本当にごめんなさい……!」
――結局、アニエスさんは見逃すことになった。シンシアは納得いってなさそうだったけど。
「クロードくん、またね!」と手を振りながら去っていくアニエスさん。そんな彼女をシンシアは軽蔑の眼差しで見つめている。
懲りていなさそうなアニエスの後ろ姿を眺めていると、俺の頭に天啓が舞い降りた。
そうだ、思い出した! アニエスは……!
――物語中盤で出てくる隠しショップの変態店員だ!