8.光の魔術師(1)
8.光の魔術師(1)
ユズルハズルは騎士として恥ずかしくないていどの教養はあったが、分からないときに商工会議所(チャンバー・オブ・コマース・アンド・インダストリー)を使うという発想はなかった。
「そこはふつう図書館じゃあないのか?」
「はあ……」
「溜息で返すなよ、おい! ファロン」
食事を終えると、給仕係に聞いた商工会議所に向かった。
「どうして図書館で調べない? 司書がいるだろうに」
「資料があったとして、その司書が魔術師である確率は?」
「一〇〇パーセントだ。王国政府の施設なら貴族かその子女が独占している」
「そこから、君の素性がバレる確率は?」
ユズルハズルが黙った。
「商工会議所は言うなれば、商売を斡旋している。人間生きていれば秘密の一つや二つある。いちいち聞かない。それに、呪術師を紹介してもらうにも異世界の呪術に詳しいことが条件だ。まったく知識がないのに、さもあるような雰囲気で騙されたくない」
さすがは旧王都だ。古いが立派な建物があった。
「他国の者に教えてくれるとは思えない」
「さっきも言ったが、商売なんだ。それに解呪だから、心配ない。『帝国でも解けなかったので王国を頼りました』とでも言えばいい」
「そう簡単に行くとは思えない」
*
簡単に行った。
王国には専門の呪術師はいなかった。だが、呪術を生業とする専門の魔術師はいるとのこと。ただ、そうした呪術専門魔術師の多くは貴族の保護下にあって、派閥ごとに呪ったり呪われたりしているらしい。新しい呪術を開発しても、その術式を知れば解呪できる。イタチごっこだ。
貴族のなかでも、特に解呪に秀でているのが光の魔術師で、光を司るアーダァ伯爵が最大権力者だそうだ。
その光の盟主のアーダァ伯爵が別館にいるらしく、担当者から聞いてもらえることになった。
「ただ……アーダァ卿は激情のお方ですから、絶対に怒らせないようにしてください。それこそ火の海になりますので」
「禁句とかありますか?」
「それが分かれば苦労しないですよ……。応接室を案内しますので、そこでしばらくお待ちください」
応接室には、歴代会頭の肖像画が飾られていた。現会頭はアーダァ伯爵その人だった。
「ふう……どうしたものか……結局、貴族じゃあないか」
「会頭だぞ。商売に長けている。正直に言えばいい。『一対一の決闘空間で二対一になって負けた』と」
「名前の刻印の説明がない」
「羽虫に救われたとでも言えばいい」
「……聞いていたのか?」
「来たぞ」
巨乳が歩いていた。
見蕩れたユズルハズルも大きいほうだが、三割増しほどあった。
「異世界の呪術だと? 座ったままでいい。――ああ、我が名はアーダァ伯爵テ・ロル=テ・ロルである。――気楽にしろ」
名乗り以外は、気さくな言い方をしたが、どこに地雷があるか分からない二人はやや緊張した。
ユズルハズルの項に汗が伝わった。
「帝国の魔術騎士サー・ユズルハズルとその婚約者ファロンか……さっそくだが、見せてもらおう」
バーバリーのコートの前を開けた。
さすがに従者に肌を触れられたとあっては醜聞になる。
「……触れたらどうなる?」
「触ったことがないので、分かりません」
「自分で触ってみてくれ」
胸の呪印に触れたが、何もなかった。
「ファロン。お前がやれ」
光の魔術師に言われ、ファロンがユズルハズルの胸に触れようとした瞬間、ぼんやりと光り出した。
「そのまま触ってみろ」
赤く光り、煙が出てきた。
「もういい。……並の魔術師なら古代魔法と答えるが、違うな。異世界の魔法だ。文献によると、かつての勇者の一人が同じような魔法を使ったらしい」
「質問はよろしいでしょうか?」
「構わん。言え」
ファロンの質問を許可した。
「魔術と魔法の違いは何ですか?」
「ああ、そこからか。飛ばす。あとで説明してやれ、サー・ユズルハズル。――ん? 帝国のサー・ユズルハズルには少年のころに会っている。似ているが歳と性別が異なる。父の名を騙ったか? お前、さては騎士ではないな?」
墓穴を掘ってしまったらしい。
テ・ロル=テ・ロルがユズルハズルの首を片手で掴んだ。
「光の盟主さま」
「お前は黙っていろ」
ファロンが指を開いて、横に五本線を宙に描いた。
「放してください」
親指を閉じた。
「発動させたら、その瞬間お前ごとこの女も死ぬぞ」
テ・ロル=テ・ロルが手のひらを向けた。