6.魔術騎士ユズルハズル(3)
6.魔術騎士ユズルハズル(3)
倒れた魔術騎士ユズルハズルの心臓を焼いたのは、カササギの魔法であるドーマン印と、羽虫扱いした青年の血だった。
上から覗き込む青年が「助けようか?」と言った。
しかし「腕を斬り落とした相手を助けるというのもなあ……」と考え込んでしまった。
「というか『女を一人助けてくれ』と言われたんだが、どうして男なんだ? もしかして……」
青年が革鎧のすきまから、胸を掴んだ。分厚い胸板のはずだったが、プニプニしている。
「化けているのか? 正体をあらわせ。そもそも汗が女の匂いだ」
(羽虫があ! ……助かるためだ……)
三十代後半の男性から、十八歳の美しい女性に変わった。というより戻ったのだろう。
「こういう時はどうなんだ? 真名をよこせとか言うのか?」
ユズルハズルが首を横に振った。
「正解らしい。とはいえ依頼は『助けてくれ』だ。使用人にしてもいいとは言われていない。ただ、このあと斬られるのもなあ……。そんなことはしないって顔しているけれど、するよなあ? 後ろから斬るんだからな。騎士道に反しているだろう……。君、顔に出てるぞ。ああダメだな。赤くなるどころか、青くなった。あー」
左手を顎にあてて考えた。
「……たぶん『臨兵闘者皆陣烈在前』なんだろうけれど、すまない。印の形、覚えてないんだよ。迂闊に違うのを結んでしまうと、よけいダメだし、そもそも印を結べたとしても〝開き〟が分からないからどうしたものか……ドーマン印、道摩法師、蘆屋道満、『芦屋道満大内鑑』……ん? そうか。それでいこう」
青年がトラウザーズのベルトで、ユズルハズルの両手を縛った。
「一つ考えがある。剣は預かる。復活して斬られたんじゃあたまらない。他に武器はっと……」
革鎧の内側をまさぐった。小型のナイフだ。鞘を抜くと光った。元に戻す。
「首切り用か……。中世か。……ふう……いくぞ」
ユズルハズルが目を閉じた。でもちょっと薄目で見た。
青年が左手の人差指と中指で、ユズルハズルの胸の上に星を一筆で描いた。
星が胸の革鎧を焼いた。五つの角が細くなり、九つの線を一つ一つ切り裂いた。
「ふう……えっ?」
助かったと思ったユズルハズルが深呼吸したが、違った。
すべて切り終えると、その星が心臓に刻印された。
「ぼくの名前はファロンだ」
さきほどの九つの傷の上に星と〝Fallon〟の文字が刻まれた。
絶叫。
「あっ! すまない」
女性を傷物にしたらしい。
「あー! どうするのよ! バカじゃあないの?」
「殺し屋に言われたくないが」
「はあ……いいから、解放して」
「斬らない?」
「もちろん」
「魔法を使わない?」
「使わない」
「というか自分でできるでしょ?」
「まあね……」
空間の魔術でベルトをほどいた。結ぶのを見ていたので、逆にすればいいだけだった。
「あなた名前は?」
ファロンが笑って左手で、ユズルハズルの胸を指差した。
「なんて読むの? ……ああ……ファロンね。――死ね! ファロン!」
見事な蹴りだったが、予測していたファロンがナイフを投げた。
(何!)
足を戻すがバランスを崩した。
ナイフの鞘が落ちた。
「時間か!」
ゆっくりと闇が消えていった。
二人と死体二体が、リヴャンテリ宮殿近くに戻った。
「異世界か……。ユズルハズル。墨月という名前を知っているか?」
「シュミツキィ?」
発音できないらしい。ということは知らないのだろう。
「ふう……もうやめだ。剣を返せ、ファロン。私は魔術騎士だぞ。敬え」
「騎士というなら従者は? ああコレ(IT)か……馬は?」
遺体は物(IT)として扱われる。
「取られた。借金のカタに。返せ。もう何もしない。あの空間内でのことを外に持ち出すな。法を知らないのか?」
「知らないな。そもそも、どうして僕はここにいる?」
「それこそ知らないよ。……ああ変身できない。このままか。――服をくれ」
胸の部分が丸見えだ。
「コレ(IT)はどうするんだ?」
遺体に気づいた王国の兵士二名が走ってきた。
「追い剥ぎにあった。狼人二匹に」
「二匹って、人間扱いしていない物を従者にしたのか?」
「元から従者じゃあない。後で話す。お前は何も話すな」
ファロンが肩のバーバリーを投げた。