5.魔術騎士ユズルハズル(2)
5.魔術騎士ユズルハズル(2)
従者の狼人ミンダフの上に青年と少年の二人が馬乗りになっていた。
(アコースは?)
魔術騎士ユズルハズルが確かめると、横に倒れていたアコースがぎこちなく立ち上がった。
二人ともそちらを注視している。
(よし!)
気配を消した魔術騎士ユズルハズルが後ろから近づいた。
「逃げろ!」
青年が振り返った。
(何!)
袈裟斬りにした。
(浅い!)
「カササギさん!」
少年が背中を支えた。カササギが両手で胸を押さえるが血は止まらない。
(魔法剣ゆえ血は止まらぬ)
「……いいから……逃げろ」
ユズルハズルが踏み込もうとしたが、足下がぼんやり明るくなった。
「時間切れか……勇者はよほど運がよいと見える」
召喚の魔術円だ。もう攻撃しても、半分は自分に返る。魔法剣の味を知っているだけにユズルハズルが斬ることはなかった。
「また会おう、勇者コウヅキ。我が名はユズルハズル。魔術騎士ユズルハズル」
血糊を落とした。
「魔術……」
カササギの末期の声だ。
「カササギと言ったな。魔術騎士ユズルハズルだ。フフフ、覚えておくがいい、カササギ」
死にゆく者への礼に、名を教えた。
「〝さんをつけろよデコ助野郎〟……魔術」
虫の息で返したカササギが、血のついた片手を前にした。
「何をする気だ? カササギ、貴様、魔術が使えるのか? アコース! 対魔術――その首」
見るとアコースの首が折れていた。死人は生者が使う魔術を使えない。
「やめろ! 召喚中に魔術を使えばどうなるのか知らんのか!」
カササギが指を開くと、五本指で宙に横五本線を描いた。
「……ユハズルズル」
「ユズルハズルだ! やめろー!」
(何の魔術だ? 何だ? 何なんだ?)
風の魔術で逃げるとしても、相手が火の魔術を使ったら火焔旋風となってユズルハズルは塵になってしまうだろう。土を積んで壁にしても火砕旋流になる。
カササギが親指を閉じて、今度は縦四本線で合計九本になった。
高高指をユズルハズルに向けた。
「去ね」
縦横九本の線がユズルハズルに向かうが、魔術円の縁で半分が反射された。弱くなった九本線がユズルハズルの鎧の胸にあたり、消えた。
魔術円とともに勇者コウヅキとカササギがこの世界から存在しなくなった。
胸を押さえたユズルハズルが倒れかけた。
剣を杖に、正面を見る。
「クッ!」
線傷が一本ずつ、心臓のほうに彫られていった。
問題は他にもあった。
死人の狼人アコースとミンダフだ。
光の魔術師であれば治癒できるだろうが、あいにくユズルハズルは騎士だ。魔法剣を中級魔術で強化しているにすぎない。
それに作戦失敗となれば、生かして帰すことはできない。
一振り。二振り。軽く首を刎ねた。
「助け……」
倒れた。
「助けようか?」
視線を向けると、ハンサムな青年が一人いた。身長は一七〇センチメートルほどで、勇者と同じ種族の顔をしていた。
「我が……名は……」
声が出ない。
「ユズルハズルだろう? 魔術騎士ユズルハズル。――しかし、キレイなドーマン印だ」
「……これ……知っ……魔……法」
(これを知っているのか? この魔法を)
魔術にこんなものはない。とすれば、古代魔法だ。
「魔法ではなく、呪術に近いな。要は呪だ。」
(〝シュ〟とは何だ?)
青年が右手をユズルハズルの胸に向けた。
「助け……」
「それはそうしたいが……」
右前腕の半ばから斬り落とされていた。
細身のベルトで止血していたが、血が滴り落ちている。
(羽虫があ!)
肩にかけたコートの右袖の先がなかった。その袖のベルトを使ったのだろう。
腰を見ると、トラウザーズのベルトが血だらけになっている。先にそれで巻いて、替えたらしい。
「腕を斬り落とした相手を助けるというのもなあ……」
胸の傷に、血を流した。
「ぎゃあああ!」
心臓から九字の線が発光した。肉が焼ける音。