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異世界兵站株式会社II  作者: 門松一里
序章 野営のかがり火の外から来た見知らぬ人
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2.野営のかがり火の外から来た見知らぬ人(2)

2.野営のかがり火の外から来た見知らぬ人(2)


 ファロンが胸ポケットのチケットを確認した。「BOS→(TPE)→KIX」とある。ボストンのジェネラル・エドワード・ローレンス・ローガン国際空港から、台湾桃園国際空港経由で、関西国際空港へのファーストクラスだ。


 バーバリーのコートを片手にボルサリーノのダークグリーンのソフト帽を斜めに機内に持ち込んだのは、グローブ・トロッターのアタッシェケースだけだった。


 いつもの帰国なら香港国際空港(HKG)経由で、下町の広東料理を楽しむファロンだったが、今回は追放だから時間的余裕はない。


(そういえばあれから会っていない……)


 二〇一四年の雨傘運動に、香港特別行政区政府に迎合した友人だ。


 グレイのスーツをアンソニーの顔で仕立てたことを思い出した。


(ぼったくられたっけ……。結局のところ、親しい人をすべて失ったのか……)


 当時香港にいたのは、ファロンとペネロペ、ヒューゴとウェーバーとアンソニー。紅一点のペネロペが四人の好意を独占していた。


 情勢が緊迫するなか、ペネロペに振られたアンソニーが、上海出身で香港行政府の高官だった父親の力で四人を出国させないようにした。


 米国の資本家の息子だったウェーバーはペネロペだけを助けた。


 一人残されたヒューゴをファロンが助け、ペネロペが全員を助けるようウェーバーの父にかけ合った。


 ペネロペの母親は、ファロンが娘を危険にしたと信じたらしい。


(今から考えればウェーバーの作戦だったんだろう……)


 米国に渡ったファロンは、ウェーバーの投資でインターネットサービスの会社を立ち上げた。それが通信、建設にまで広がった。


 五人が香港大学で知り合ったのは、ペネロペは上海交通大学に進む予定だったのを、ファロンが香港のほうが食事を楽しめると誘ったことが原因だった。


 ファロンはペネロペとボストンで同じ高校だった。


 ペネロペがプロム(卒業パーティ)でダンスの相手に選んだのがウェーバーだった。


 背の高い美しいCAがシートベルトをするようアナウンスした。声はアルトだ。


 台湾――美しい島だ。


   *


 眠っていたファロンの肩をCAがゆらした。名札に「リンダ・カーライル」とある。


「ミスター・ファロン。日本に到着しましたよ」


「……ああすまない。ありがとう大丈夫だ」


 額に手をやった。シャンパンを飲み過ぎたらしい。


「リンダ・カーライル?――『ヘヴン・イズ・ア・プレイス・オン・アース』?」


 曲名は「天国は地上にある場所」という意味だ。


「それはベリンダ。ベリンダ・カーライル。一九八七年」


 何度も言われているらしいリンダが素の顔で訂正した。


「生まれた年だ……」


「えっそんな歳なんですか?」


「いや……実は数字を数えられない」


「自分の歳なのに?」


「IDを見ればいいことを覚える必要はない。……そういえば、アインシュタインが電話番号を聞かれたときに電話帳で調べたそうだ。自宅の電話番号を」


「そうなんですか?」


「本当だよ。ビュー(美しい)」


「いつもそう口説いているんですか?」


「いや? 三日前に死に別れた」


「えっ?」


 もっとも亡くなったのはファロンの前の人生だったが。


   *


 コーサウェイホテル神戸十二階。上海料理〈アマランス〉で、ファロンがイタリアワイン バローロに合わせて料理を注文した。


「いつもこんな高級料理を?」


 笑顔のリンダの質問だ。


「友人が好きだったんだ……」


「……すべて過去形なのね。職業は何なの? マーティン」


「テロリスト」


「嘘」


 ローストした鴨をオレンジでからめた肉を切るナイフを止めた。


「映画『ナイトホークス』でルトガー・ハウアーがそう名乗っている」


「ルトガー・ハウアーは何役なの?」


「インターナショナル・テロリスト」


「話にならない」


 リンダが笑った。


「あんがい無職とか?」


「今はそうだね。見知らぬ人(ストレンジャー)だよ」


「どうして日本に?」


「それは言えない。まあ人助けだ。悪い話じゃあない。野営のかがり火の内インサイド・ザ・キャンプファイアに連れていってくれるそうだ」


「神秘的ね」


「『曠野こうやのイイスス・ハリストス』のような心境だよ」


「クラムスコイの? じゃあわたしは『見知らぬ女』のように見下ろしてあげるしかないわね」


 リンダ・カーライルが「出会いに乾杯」と言って、グラスを上げた。


   *


 魔術騎士ユズルハズルが、胸を押さえて倒れかけた。


 剣を杖に、正面を見た。


 軽装の革鎧の胸に縦横九本線が刻まれていた。


 一本、一本と、その線傷が心臓のほうに彫られていった。


「クッ!」


 ユズルハズルが、首を折られ死人しびとと化した狼人ライカンスロープアコースとミンダフの首をねた。


「助け……」


 倒れる。


「助けようか?」


 隣にいたファロンが聞いた。


「我が……名は……」


「ユズルハズルだろう? 魔術騎士ユズルハズル。――しかし、キレイなドーマン印だ」


「……これ……知っ……魔……法」


「魔法ではなく、呪術に近いな。要はしゅだ。」


 右手をユズルハズルの胸に向けた。


「助け……」


「それはそうしたいが……」


 前腕の半ばから斬り落とされていた。


 コートの袖のベルトで止血していても、血が落ちた。


「腕を斬り落とした相手を助けるというのもなあ……」


 胸の傷に、血を流した。


「ぎゃあああ!」


 心臓から九字の線が発光した。肉が焼ける音がした。




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