10.光の魔術師(3)
10.光の魔術師(3)
あれから七日間、光の盟主ロルテ邸で軟禁状態のユズルハズルは不機嫌だった。
アーダァ伯爵に替わって、第一子のリヒト子爵ルロルテロルが施術した。
とりあえず胸のドーマン印は三日で消すことができたが、ファロンのセーマン印と〝Fallon〟の文字は残ったままだった。
その上、施術中の記憶は消されていた。麻酔が効いているあいだの記憶がないようなもので、なんとも不可解なことだった。
第一、光の魔術師が記憶を操作できるのを知っていれば、商工会議所に行くこともなかったはずだった。
とはいえ、完全に支配している訳ではないので、自分が望まないことを意図的に行動させることはできないそうだ。だが、それを言っているのが光の魔術師本人なのでまったく信用できなかった。
アーダァ伯爵テ・ロル=テ・ロルによると、ユズルハズルが自分を魔術騎士だと信じていたのは他の光の魔術師による洗脳らしい。「帝国に戻って父の跡目を継げば分かるかもしれない」とのことだった。
ドーマン印を受けて生き残ったのだから、少なくとも一つ上の(父と同じ)騎士(一級)や準男爵クラスの実力はあるらしい。
ファロンは爵位など興味がないらしく、毎日セーマン印の解き方を研究していた。ドーマン印は一本ずつ九回解呪すればいいだけだったと本人から聞いたユズルハズルだった。
セーマン印はどこから解けば分からないらしく、悩んでいた。
名前についてはお手上げらしい。
「いちばん簡単な方法は、カササギ本人に聞いてみることだ」
リヒト子爵が核心を突いた。
もちろんブラックジョークだ。自分を殺そうとした人物を助ける者はいない。
「さきほど連絡があった。宮廷魔術師カクマリクマが召喚した勇者のほかに〝巻き添え〟で異世界に来てしまったカササギなる人物の存在が確認できた。……本当にいたとはね」
「信じていなかったのか?」
ユズルハズルが顔を向けた。
「事実だけを信じるのが貴族だよ。お前の胸の呪印は事実だが、魔法使いが実在するとは確認できていなかった」
「ファロンがいるでしょうに」
「魔法が発動しなかった。魔術も起動しなかった。魔法使いではなく、魔術師ですらない。――一方で、カササギさんは魔法使いであり、魔術師だ。疑いようがない」
(さん付けですか……)
「どうしてそれが分かるんですか?」
「確認したからだよ。ユズルハズル。魔法の事実があったんだ。どなたが呪いを受けたんですか?」
「光の魔術師キロルテロルが、カササギさんによって魔術を封印された」
「ロルテ……ご家族ですか?」
ファロンが聞いた。
「妹だよ。光の魔術の代表で最強魔術師と言っていい。現役では」
「どうやって封印されたんですか?」
「それが分かれば苦労はしない。カササギさんの許可がないと使えないらしい。笑う」
リヒト子爵はまったく笑っていなかった。
「宮廷魔術師だったキロルテロルは拷問官でもあったから、反撃されたんだろう。どういった原理か理解できない。その人物がキロルテロルを通して、光の盟主に面会を求めている」
「……ある意味、その人物――カササギさんでしたっけ――にとっては敵地でしょう? ふつう来ますかね」
「たぶん、世界を滅ぼすほどの力がある。問題ないのだろう」
「光の盟主に、何を求めるんです? そんな力がある人間が?」
ユズルハズルには理解できなかった。
「カササギさんの要求は三つ。一、勇者コウヅキさんとカササギさんの身の安全。二、温暖な土地での平穏な暮らし。三、ヴィヴの下賜。――ヴィヴは旧王族で、今はコウヅキさんの女隷だ」
「ヴィヴの旧王族の血統を利用して、女王の王配になる?」
「実力があるんだ。そんなことをしなくても、勝手に国王を名乗ればいいだけだよ、ユズルハズル」
「ああ、そうか。誰でも選び放題だものね……。どうてヴィヴを? 惚れた?」
「たぶんそうだろう」
「温暖な土地での平穏な暮らしって……平凡……」
「ぼくもそうありたいよ」
「私は隠れているわ。絶対に殺されるのが分かっているし」
「ユズルハズル。お前は、名乗ったのか?」
リヒト子爵が確認した。
「はい。そうです」
ユズルハズルが「騎士らしく」とつけくわえた。
「お前を差し出せば、魔法を教えてくれるだろうな」
「はあ……」
「案外、手駒になるなら助けてくれるかもしれないよ」
「期待を持たせないでよ、ファロン」
「ぼくたちより賢いんだろう? 素直に助けてって言えばいいかもしれない」
「そんな簡単に行くかしら。不安だわ」
簡単に行った。




