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異世界兵站株式会社II  作者: 門松一里
序章 野営のかがり火の外から来た見知らぬ人
1/11

1.野営のかがり火の外から来た見知らぬ人(1)

前作は『異世界兵站 (ロジスティクス) 株式会社』の神聖リヴャンテリ王国側の話です。

本作は『異世界兵站株式会社II』は帝国側の話です。

1.野営のかがり火の外から来た見知らぬ人(1)


 米国マサチューセッツ州ボストン市。コーサウェイホテル ボストン一七二九号室。


「正直者がバカをみる世界か……」


 二十代後半の日本人の美青年が容認発音(RP)でそう言うと溜息をついた。身長は一六九センチメートル。スコッチグレインのインペリアルプレスティージのブラウンの革靴に、結婚前に九龍で仕立てたグレイのスーツを着ていた。麻の白シャツ。顎に血が付いているのは、自分で剃ったからだ。


「まあそういうな。命あっての物種ものだねだ。新しく人生をやり直すチャンスだと思えばいい」


 ボストン訛りの目の前の日系弁護士はすべてを知っている。こちらは一五〇センチ未満で、靴はストレートのダブルモンク。革はフランス。紺のスーツはブルックス・ブラザーズ、シャツはボタンダウン。どこにでもいそうな弁護士だった。


 何度目かの乾杯で、最高級シャンパン クリュッグを飲み干した。二人ならもう一本欲しいところだった。


「ペネロペは?」


「未亡人には昨日会ったが、元気そうだったよ。父を亡くした娘さんも」


「そうですか……。義父は何と?」


「義理の息子を信じていたと」


「嘘でしょう?」


「本当だとも。あの小心者の男は正直だけが取り柄だからね。お義母さんだが――」


「――いまだに『有罪だと決めつけている』でしょう?」


「別れるにはイイ時期だろう」


「そうですね……。ヒューゴ……」


 善人面をした悪党だ。


「ウィリアム・ヒューゴ・パーマインはニューヨークでも起訴されているが、ボストンの罪状だけで生物学的寿命を越えている。――疑問なんだが、どうして見抜けなかったんだ?」


「五十ミリメートルの資材を発注するのにインチ換算で十五ミリメートルに再計算されていました。発注書をエクセルで作ったときに数値を入れていたんですが、変えられていました」


「ディスレクシアで数字の認識があまいとしても、後で分かりそうだが?」


「チェックをヒューゴとペネロペに任せていました。ペネロペも共犯なんですか?」


「証拠はない。パーマインは君の奥さんに惚れていたからね。罪を一人で被ったんだろう」


「真犯人はウェーバーです」


「そちらも証拠はない。ウェーバーが犯人だという証拠は?」


「渡したカードは……」


 メモリカードだ。


「ウェーバーがどうしたかは知らない」


「……墨月すみつき先生?」


「何でしょう?」


「ウェーバーの温情で生きているのですか……?」


「そういうことだ。ウェーバーは労せずにすべてを手に入れた訳だ」


「良心の呵責はないんですか……」


「ないな」


 きっぱり。


「そうですか……」


「新しい名前は何にする?」


 墨月がMacBook Proを開いた。


「……ファロン。マーティン・ファロン」


「聞いたことがある名前だな……」


 墨月がしばし考えたが、思いつかなかった。


「ジャック・ヒギンズの『死にゆく者への祈り』の主人公ですよ」


「ああ、ミッキー・ロークの」


「映画ではそうですね」


「ファロン……。スペルはFallon?」


「そう」


「どんな意味なんだ?」


 メッセージを終えて、MacBook Proをアタッシェケースに入れた。


「アイルランド語で『野営のかがり火の外から来た見知らぬ人(ストレンジャー・フロム・アウトサイド・ザ・キャンプファイア)』」


見知らぬ人(ストレンジャー)か……」


「今や野営のかがり火の外アウトサイド・ザ・キャンプファイアですから。……ところで、墨月先生」


「何かな?」


「なぜ歩けているんです? 車椅子は?」


「悪魔に魂を売ったんだ」


「そうですか」


「驚かないのか?」


「善人の弁護士なんて空想上の生物でしょう?」


 天国と地獄で裁判をしたら、必ず地獄が勝つというジョークがある。なぜなら、弁護士は全員地獄に堕ちているから。


「一つイイことを教えよう。ウェーバーは昨夜逮捕された。君の釈放と前後して」


「罪状は? 天使に賄賂を渡した罪ですか?」


「警察とは限らない」


 地獄は満員らしい。ファロンは、どうせロシアン・オルガナイズド・クライム(ROC)あたりだろうと見当をつけた。


「ともかく、君はマーティン・ファロンとして生きたまえ。パスポートは夕方には届く。受け取ったら――」


「――二十四時間以内に国外に出ること。二度とペネロペやカリンに接触しない。永遠に米国の土を踏まない」


「よろしい。ついでに一つ仕事を引き受けてくれ。ああ、そんな顔をするな。悪いことじゃあない。女を一人助けてくれたら、野営のかがり火の内インサイド・ザ・キャンプファイアに連れていってくれるだろう」


   *


 一週間後、ファロンは日本にいた。


「助け……」


 深夜の地下街で、異世界の美しい女騎士が救いを求めていた。


 倒れる。





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