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58. フローラルの香り

 英斗はすまなそうな顔で、


「本当に申し訳ないんだけど……。お前が作ったのはそれか?」


 と、魔王のすぐそばに発生した【空間がぐにゃっと歪んだ黒い球】を指さした。


「へ?」


 魔王は横を見て凍りつく。


 そこにはマグマの塊となった地球がぐんにゃりとひずんで見え、真ん中に漆黒の丸が不気味に口を開けていた。


「こ、これはブラックホール!? なぜここに? 金星に仕掛けたはずだぞ!」


 真っ青になって逃げようとした魔王だったが、時が動き出す。


 強烈なブラックホールの重力がグン! と魔王を襲い、まるで無数の手で捕まえたように魔王の動きを止めた。ブチブチっと魔王のシャツが引きちぎられ、ブラックホールへと吸い込まれて、パリパリっとかすかな閃光を発しながら消えていく。


「き、貴様ーーーー! 何やった!?」


 吸い込まれてしまったらもう生き返ることもできない【根源の力(エッセンス)】で作ったブラックホール。魔王は必死に活路を探した。


 しかし、ワープも何も一切の権能がロックされていて何もできない。


「僕は何も? ただ、お前が致命的に失敗する世界を選んだだけさ」


 英斗は肩をすくめる。


「くぅぅぅ! だから特異点は嫌なんだよ! うわっ! うわぁぁぁぁ!」


 魔王は断末魔の叫びをあげ、ブラックホールへと真っ逆さまに堕ちていく。


 刹那、パリパリっとほのかな閃光を上げ、魔王の身体は漆黒の球体の中へと消えていった。


 あの邪悪な限りを尽くしてきた魔王。それが今、宇宙の根源へと還っていった。もはや二度と悪さすることはないだろう。


 終わった……。


 英斗は大きく息をつくと手を合わせ、ただ、冥福を祈った。


 ブラックホールは徐々に火の玉となっている地球の方へと落ちていき、最後には地球を飲みこみ始める。綺麗な灼熱のマグマの球体だった地球に、まるで風船をつまんだようなえくぼができると、徐々にそれが広がっていき、どんどんとブラックホールに飲みこまれていく。


 英斗は紗雪のもとへ行き、手をつないでその恐ろしい天体ショーを眺めていた。自分の妄想で選んでしまった世界。そこで織りなされた数々の冒険の日々。それらが今、終焉(しゅうえん)の時を迎えたのだ。もう邪魔するものは誰もいない。あの愛しい日常がもうすぐ戻ってくる。


 徐々に小さくなっていく灼熱の地球を眺めながら、英斗は何も言わずただ、その数奇な運命を感慨深く思い、紗雪の手をぎゅっと握りしめた。



        ◇



 地球が全てのみ込まれると、満点の星々の世界が広がった。ヴィーナが乗ってきた乗り物が淡く黄金色に輝き、まるで満月の夜のように静かに辺りを照らしている。


 英斗は倒れているヴィーナを揺り動かし、


「女神さま……。大丈夫ですか?」


 と、声をかけた。


 ヴィーナはゆっくりとまぶたを開き、琥珀色の瞳で英斗を見つめる。その美しい澄んだ瞳に徐々に力が戻ってくると、ゆっくりと辺りを見回し、


「あれ……? あいつは?」


 と、不思議そうに聞いた。


「僕が倒しておきました」


 英斗はニコッと笑う。


 ヴィーナはピクッと眉を動かすと、辺りを解析し、地球があったところにありえない重力を見つけた。


「な、何よこれ……」


 と、真っ青になって【根源の力(エッセンス)】で作ったブラックホールを調べていく。


 システム上ありえない、全てを飲みこむその異常な存在にヴィーナは唖然として、


「これであいつを……? 君が倒した……の?」


 と、目を丸くして英斗に聞く。


「そう、僕が」


 英斗はニコッと笑って手を差し伸べる。


 ヴィーナは信じられないという表情で英斗の目を見つめ、英斗に引っ張ってもらって起き上がった。


 しばらく何かを考えていたヴィーナだったが、ハッとして、


「そうか! 君、君なのね!」


 と、嬉しそうに笑いながら英斗にハグをした。


 うわっ!


 いきなり抱き着かれ、華やかなフローラルの香りに包まれて焦る英斗。


「ありがとう。待ってたわ」


 ヴィーナは安堵した表情を浮かべ、耳元でささやいた。



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