速きの世界
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
お、どうしたつぶらやくん。君が質問に来るのは久々だなあ。
――消える魔球を実際に投げるには、どうしたらいいか?
これまた、唐突な内容ときたもんだ……漫画とかに出てくるものではなく、現実の力で見せられるものだよね?
うーむ、先生としてはフォークボールか、それよりも速く小さく落ちる、スプリットのいずれかが有力じゃないかと思っている。ナックルボールも、予測しづらい軌道で、ときに視界から消えるような変化をする、という点では魔球かもしれない。
つぶらやくんのイメージとして、魔球は遅いものかな? 速いものかな?
……そうか、速いものか。
遅いとどうにもトリック的な感覚は否めない。その点、速いと、いかにも限界の壁を越えた感がするんだよね。
実はこの速いものに対する奇妙な現象が、昔からいくつか伝わっているんだよ。
そのうちのひとつ、耳に入れてみないかい?
これは鉄砲の量産が、日本で始まったころのことと伝わっている。
火縄銃の弾丸の速度は、もろもろの条件に左右されるが、およそ音速と同等と見られているとか。視界にとらえられる程度の距離で放ったなら、音を聞いたときにはもう食らっているような状態だ。
しかし、見方を変えてみるとムダになるか否か、決まるのも一瞬。外れた弾は本来の目標でないものをとらえるか、あるいは空気の抵抗に破れ、落ち行くか……いずれにせよ、射手の本意ではない結果を迎える。
とある領主は、その無駄をできる限りなくそうとした。
兵の錬度をあげるのももちろんだが、その飛んでいった弾を効率よく回収するすべを考えたんだ。
鉄砲は金食い虫。部品に火薬にと費用もかかるが、弾だってタダではない。さすがに発射したものを、もう一度詰めなおすことはできないが、鉛の塊へ戻して加工しなおすことはできる。
領主は鷹狩を趣味にし、鳥を好んでいたこともあって、鳥にこの使命を託すことはできないかと考えたらしい。
試行錯誤の末、白羽の矢を立てられたのは、高い山などに生息する「ハリオアマツバメ」だとされている。
研究途上であっただろう、当時において、この選択をした領主は慧眼だったといえる。
ハリオアマツバメは水平方向に飛翔すると、およそ時速170キロ。世界でも屈指の水平飛行を可能とする種だった。
ハヤブサも速い印象があるが、それは急降下の際であって、このアマツバメがもっともふさわしいとされたようだ。
領主は鷹狩の折など、時間を縫ってツバメへ辛抱強く、弾丸回収のしつけを行っていったという。前例のないところからのしつけは並大抵の難しさではなかったが、何羽か捕まえたうちの一羽が、ようやく10年近く経って、想像した通りの働きを果たすほどになったという。
当時はまだ、織田信長が今川義元を打ち破り、台頭を始めようかという時節。大番狂わせこそあったが、天下はまだまだ強きものの力を求めていた。
領主もまた、一刻も早い平和の招来へ向け、己が地盤を確固たるものにしようと、隣国との争いは絶えなかったという。
領主が持つ鉄砲は、当時100丁足らず。ぎりぎりまで伏せておき、不意打ちの一撃でひるませる運用をとっていた。
次々に切られる口火。もんどりうって倒れる人馬。
その頭上をかすめるようにして、飛んでいくのがくだんのアマツバメだった。
長年、しつけと鍛錬を受けたアマツバメは、飛び立ってよりすぐ、最高の速度へ達することができたという。その異様な加速に目が追い付かないものは、あたかもツバメが消えたかのように思えたらしい。
ときおり、ツバメは足軽のかぶる陣笠ギリギリの高度で飛び、それを弾き飛ばしたことさえあったという。
「殿、鉄砲よりもツバメを武器に使った方が、安上がりではないですかな」
気の置けない家臣は、そのようなことを漏らすこともあったとか。
そのツバメの鉛玉の回収率は、合戦に加わるたび、どんどん上がっていったという。
それから更に数年。領主の周りの戦では、奇妙なことが起こっていた。
乱戦から生き残った兵たちの中に、相手どる者たちの首が、次々に落ちたと語る者が出始めたんだ。
どこからともなく、鉄砲の音がしたあと、ポロリと首を落とす者がいるのだという。
鉄砲の鉛弾はせいぜい頭の骨をうがつ程度。よもや威力を高めた新兵器かと、話を聞いた者たちの間では、ざわめきが起こった。
しかも中には、首が立ちどころに消失してしまったとしか思えない状況もあったとか。
そして、話を聞いてより数カ月後。
久方ぶりの戦に、再び鉄砲の伏兵とアマツバメを領主は起用する。
しかし、その日のツバメはおかしかった。いつもなら発砲とともに、一直線に飛んでいくところが、今回は飛んでほどなく、がくんと高度を落とした。
いつもは敵方の頭上を脅かす軌道を、今度は味方相手にやってのけたんだ。
「伏せい!」
領主はとっさに叫び、自らも身をかがめた。
ずっと面倒をみてきたからこそ、直感した。ツバメは何かを察し、それをかわしにかかったのだと。
周りの者たちもならったが、そのとき、領主は見た。
ツバメ以上の速さで自分の頭上を駆け抜けていったものを。それは大きさこそツバメと変わらないが、くちばしにいくつものまげと、その先に連なるいくつもの首を吊るしていたのを。
その断面より、垂れた血がぴぴっと領主の顔を濡らす。もう、そいつの姿は見えない。
遅れて気づいた家臣たちは、その血から領主が狙撃されたかと、当初は心配したという。
やがて戦国が終わるまで、この奇妙な首とりは起こり続けたとか。