悪役令息の婚約者に転生した。何を言ってるかと正気を疑われるだろうが、そういうことである。
私は雪乃。平凡な大学生だった。可愛い妹を暴走車から庇い死んだ。死んだせいで可愛い妹を泣かせてしまった罰なのか、私は妹が好きだった小説の登場人物、悪役であるテオフィル・ユルリッシュ侯爵令息の婚約者に転生したらしい。その名もネージュ・サロモン。公爵令嬢らしい。
ネージュは悪役ではなくむしろモブ。可愛い妹が余りにもおすすめしてしてくるから読んだだけでうろ覚えだったりするのだが…。ええっと、確かヒロインはコゼットという平民の少女。しかし彼女は聖女で、その聖女をたくさんの貴公子が取り合う逆ハーレムのお話だ。最終的にヒロインはヒーローである王太子と結ばれる。
テオフィルはコゼットを取り合う貴公子の中の一人だが、彼の物語だけが一際目立つ。ダークヒーローだからか。幼い頃から病弱で、心に闇を抱えて生きていた。それをコゼットの純粋な心に触れるにつれ癒されて、しかし王太子にコゼットを奪われて闇落ち。王太子を殺して自分も死のうとするが、コゼットの必死の叫びに遂に目的を果たせず、自害。なんとも可哀想なキャラクターである。
さて、雪乃改めネージュとなった私は、それはもう面倒くさくて仕方がない。だって婚約者は浮気するの確定なのに、今から、そう、この記憶を思い出した今から初顔合わせなのだ。イジメか、神様は私がそんなに嫌いか。やはり可愛い妹を泣かせてしまったのがいけないのか。
とりあえず仕方がないので相手の屋敷に入る。病弱なテオフィルのため、部屋に案内される。
そこには、元凶三人衆と見て見ぬ振り女が居た。
「あ、元凶三人衆と見て見ぬ振り女」
突然の私の独り言に大人達がはてなマークを浮かべた。
「ネージュ?どういう意味だ?」
「ん。お父様、あの三人衆はテオフィルを虐めています」
「え」
あ、言ってしまったと思ったけれど、思い切って全部ぶちまけることにした。
「まずあのお団子頭はテオフィルの母親の形見の宝石類をテオフィルから奪いました。幸い今ならまだ売り飛ばされてはいないでしょうから取り返せます。次にあのポニーテールはテオフィルの病の薬を意図的に飲ませてません。それどころかテオフィルに別の…具合が悪くなる薬を飲ませています。一般的には毒にも薬にもならないものですが、テオフィルが飲むと具合が悪くなります。最後におかっぱ頭。あれは特殊な性癖がありテオフィルをそういう目で見ています。手を出してはいませんがその内手も出ますね。秒読み段階です。テオフィルも怯えています。そこの見て見ぬ振り女が証人となってくれるでしょう。罪悪感で死にそうになってますから」
「ね、ネージュ?何を言ってるかわからないが…」
「…旦那様!申し訳ありません!そのお嬢様の言ったことは全部本当です!どこでお知りになったかはわからないですが、全て本当のことです!このままでは坊ちゃんは…!」
泣き崩れる見て見ぬ振り女を見てテオフィルの父親はお団子頭の部屋を調べて宝石類を回収。ポニーテールの部屋を調べて怪しい薬を回収。おかっぱ頭の部屋を調べてポルノ写真ならぬポルノ絵?を回収。全員を解雇し治安部隊に引き渡した。見て見ぬ振り女は解雇はされず、心を入れ替えるようきつく申し渡された。
それぞれ、お金欲しさ、テオフィルの父親の後妻になるため、テオフィル可愛すぎて我慢ならず、という目的だった。そりゃあ病むよ。闇落ちもするよ。可哀想なテオフィル。
でもこれからは形見は全部戻して貰えたし、薬も飲めるし、変な女に手を出される心配もない。安心出来るだろう。
この騒動のせいで、挨拶はまた日を改めてということになったがテオフィルは何故か私を恍惚とした表情で見つめ〝僕の女神様…〟とか言い出した。やばい、闇落ち回避したはいいが別の扉を開けてしまったらしい。
その後、お父様から色々聞かれたがとりあえず夢で見たで全部通した。ただ、根掘り葉掘り聞かれるので仕方なく〝来年はセラフィン領で雨のせいで水害が起こる〟〝五年後はルーセル領で地震が起こる〟〝十二年後はラウル領から疫病が徐々に広まり王都まで侵食する〟などの情報を教えてあげた。
後日改めてテオフィルと会う。ベッドから降りられるようになったようで、応接間で元気に迎え入れてくれた。その時には恍惚とした表情も無く、普通に挨拶される。
「改めまして初めまして。僕はテオフィル。テオって呼んでね。僕を助けてくれてありがとう」
「私はネージュ。ネネって呼ばれることが多いかな。よろしく、テオ」
「うん!ねぇ、ネネは何が好き?好きな食べ物は?好きな動物は?好きなことはなにかな?」
「好きな食べ物はお肉と甘いもの。好きな動物は犬と猫!好きなことは…だらけることかな」
「僕も甘いものは好きだよ!お肉はまだ食べられないけれど、元気になったら一緒に食べよう!僕も犬も猫も好きだよ!将来は一緒に飼おうね!僕はね、読書が好きかな!」
将来一緒に飼う、か。そっか。闇落ち回避したはずだしテオはもう浮気しない可能性もあって、長生きする可能性もあって。その場合、私がテオの妻か。
「テオ」
「なあに?」
「不束者ですが、よろしくお願いします」
「ふふ、なにそれ。もちろんだよ!…絶対、離してあげない」
…今、背中に寒気が走ったのは気のせいだろうか?
ー…
「ネージュさん!テオ様を解放してください」
「また君かぁ懲りないなぁ。私は別にテオを束縛なんてしていないよ。君に魅力がないから振られるんだろう」
ヒロインは現れたんだが、このヒロインはおそらく転生者だ。何故かって、テオの過去を知っている。面倒くさいなぁ。本来の優しい聖女の面影もないし、普通に魅力不足だ。
ちなみに他の逆ハーレムメンバーの貴公子達も、〝来年はセラフィン領で雨のせいで水害が起こる〟〝五年後はルーセル領で地震が起こる〟〝十二年後はラウル領から疫病が徐々に広まり王都まで侵食する〟などの情報をお父様に教えたため普通にトラウマや挫折も無く婚約者と上手くいっているのでヒロインをちやほやしない。ましてメインヒーローの王太子は一ミリも興味を持たず婚約者とラブラブである。
ちなみに私は予言の聖女に祭り上げられそうになったが、面倒くさいので泣いて嫌がってテオの力も借りて〝無かったこと〟にしてもらった。おかげで多分モブのままである。
「…なによ!こんなモブの何がいいのよ!」
「君にはわからないよ。僕の女神様の良さはね」
テオがいきなり背後から現れてぞくりとする。登場の仕方が怖い。やめれ。
「テオ様!」
「愛称で呼ばないで。耳が腐る」
「そんな!」
「次にネネに絡んだら潰すって警告したよね?」
「…っ!」
「ネネ。こんな子放っておいて早く学食に行こう?」
「おっけー」
次の日から、ヒロインを見かけなくなったがテオは一体何をしたんだろうか?
「ねえ、ネネ」
「なに」
「愛してるよ」
「それは良かった」
私もだなんて、まだ言ってあげないけどな。それは結婚式でのお楽しみだ!