幕間 ―私事―
「本当に何で生まれてきたんだよ」
私は、頬を叩かれ、4歳になる私の体は吹き飛ばされその場に倒れこむ。
その衝撃で私は意識が遠のきそうになる。
「あー、やめてよ。誠也。痣とかになると児童相談所とか来ちゃうから」
「お前が連れて来たんだろうが。俺は子供が嫌いだって言っただろ」
私は、誠也と呼ばれた男を見る。
怖い顔つきに、腕には金色のアクセサリー、白いスーツを身に着けている。
「何、ガンくれてんだよ。ガキ」
男は私の腹部に向けて蹴りを入れる。
「ガはっ……」
私は、蹴られた腹を手で押さえる。
「だから、やめてって。私が通報されちゃうから」
「だったら、さっさとこいつを捨ててこい」
「しかたないじゃない。この子が居れば国から助成金もらえるんだから」
「けっ、金のためなら仕方ねーか」
男は、その場に座り、煙草を咥え火をつける」
「……いた」
「はぁ。なんか言ったか。ガキ」
「おなか……すいた……」
「うるせーよ」
男は私に向けて、火をつけた煙草を投げ捨てる。
「熱い」
私は、煙草の火が体に当たる。
「お前なんかに、喰わせるものはねーよ」
「グス……」
私の瞳から涙が流れる。
「ねぇ」
先ほど、一緒に居た女性が私に話しかける。
「ちょっと、大人しくしてよね。あんたのせいで私の人生真っ暗だから」
助けてもらえると思った母の声は、私の心を凍りつかせる。
「おい、そろそろ昼だろ。飯行かないか?」
誠也の声に女性が反応する。
「えー、何処に行く。誠也」
「何処でもいいぜ。最近、稼ぎがあったからな。お前の好きな物食わせてやる」
「誠也が連れてってくれる所なら、何処でもいいよ」
「よし、じゃあ行くか。おい。ガキお前は大人しく部屋にいろよ」
「外なんか出たら、もう二度と部屋に入れないから」
私に向けて、罵声を浴びせた後、誠也と母は一緒に出て行った。
「……」
私は、自分の姿を確認する。
手は細く、体はあばら骨がむき出しになり、その場にある姿見に映る私の顔は頬がこけている。
「……すいた」
私は、目線の先に転がった火の消えた煙草を手に取り口に含む。
「ぐはっ」
口に含み体が拒否反応を起こしたのだろう。私は口に入れた煙草を吐き捨てる。
「床……。汚し……、怒られ……」
このままだと怒られると思った私だが、体が動かない。体力の限界だった。
「お……す……た」
私は、空腹を紛らわすようにその場で目を閉じる。
※※※
私は、目を覚ます。日は暮れており部屋は闇に包まれていた。
正面に、小動物の姿がある。ネズミのようだ。
そうか、私を食べようとしていたんだ。
「いい……よ。ネズミ……さん。私が……死んだら食べて……。おなか空いてる……んだよね」
私は、ネズミに手を差しだそうとしたその時だ。
「楽しかったね。誠也」
「おう、今日はお互い勝ってよかったな。昼飯代浮いたぜ」
ビクッと、私の体が反応する。
その動きで、その場に居たネズミは何処かに逃げ出す。
「あぁ……」
折角、何かの役にたてると思ったのにそのチャンスを失う。
「おい、ガキ。まだ生きていたのか」
「……」
私は、男の反応に答えられない。もう言葉も出ない。意識も薄くなってくる
「なんだ。もう死んだのか?」
「ちょっとやめてよ。誠也。死んだら面倒じゃない」
「けどもうこのガキ駄目だろ。しゃーねー。俺がとどめを……」
そう言った直後だった。
「いや、死ぬのはお前だよ。工藤誠也」
『パシュ』
静かな音が、聞こえるとその場で男が倒れる。
私は、薄くなる目を凝らして倒れた男を見る。
赤い、液体が部屋に散乱し男は目を見開いていた。
「きゃあぁぁっぁぁぁ」
恐怖交じりの母の声が部屋中に響き渡る。
『パシュ』
もう一度、静かな音がすると母の声が聞こえなくなる。
そうか、男と同じくなった事を小さな頭で理解する。
「親父。ここに女の子が」
私は、声の方へと目を向ける。
そこには、私よりも少し大きい少年の姿がある。
「なんだ、こいつらガキ持ちだったのかよ」
身長の高く、体の大きい男が私を見下ろしている。右手には何か握られている。
「仕方ねぇな……」
男は、右手に持った黒い物体を私の前にかざす。
「ねぇ、私……死ねる……」
私は、男に絞り出すように声をだす。
「死ぬのが、怖くないのか? ガキ」
「だって、おなかを……空かせた……ネズミさんに私を……食べてもらえるから……」
私は、にこっと男に微笑みかける。
「ふっ、はははははは」
男は、かざしていた右手を下げると私に問いかける。
「おいガキ、一緒に来るか」
「……何処へ」
「そうだな。まず二つの行き先がある。このまま逝けばお前は天国に行ける。ただ、生きたいと思うのであればそれは地獄への入口だ。どうする?」
「……」
私には、難しくて分からない。けど……。
「……すいた」
「あぁ?」
男は、あっけにとられた顔をする。
「おなか……すいた……」
私は、今求めている事を伝える。
「ぶっ、ははははははは」
男は、その場でまた笑う。
「おい、晴翔。今日からこいつは俺たちの家族だ。連れて行くぞ。お前が運べ」
少年に男は指示する。
「分かった。親父」
私は、晴翔と呼ばれた男の子に抱えられながら誠也と呼ばれた男と母が倒れた部屋を後にする。
「おー、そういえば」
男は、晴翔に抱えられた私に訪ねる。
「おい、ガキ名前は……」
尋ねられた言葉に私は消え入るような声で答えた。
「はな……。ゆめさ……き……はな」
私は、返事をすると安堵したのか、ゆっくりと目を閉じた。
※※※
また、あの記憶。
仕事中にいつも思い出す。
そう、今ならわかる。
私が、今生きているのは地獄への入口へ向かうためなのだと。
腕時計を確認する。任務開始十分前だった。
「晴翔も準備できているかな」
私は、身支度をする。
一つのミスが自分を死へと直結させる。
確認をすると、
「それじゃあ、いきますか」
私は、目的の場所へと足を歩ませた。