旅立ちの日
2人の女性に驚いた顔で同時に見下されたティアは慌ててテーブルの下に身を隠した。
ティアはテーブルの下からそーっとレオラの様子を伺った。
レオラが目を細めると、いつも見慣れている目尻に浮かぶ優しそうなシワが今は悲しそうに深くなった。
「ティア、本気なの?」
「うん!」
「でも、でも…大丈夫なの?よく考えていいのよ?」
「うん!私行くよ!」
レオラとティアが見合っていると、アリツィアが脇から声をかけた。
「ねぇ、ティア。私、とっても嬉しいわ!だけど無理していない?今日すぐにじゃなくてもいいのよ?私ティアが慣れてくれるまで、何度でも通うつもりなの」
ティアはアリツィアを初めてじっくりと見た。
母と同じ金髪碧眼、だけどやっぱり違う。
母ローラは元気で気丈な人だった。
意思の強そうな目、美人だが男勝りで何事も自分で切り開いていく、独立心溢れる女性だった。
おてんばティアは毎日注意ばかりされていた。
一方、アリツィアはローラとはまた違った種類の美人だ。
人形のように整った顔、やさしそうな目、物腰も柔らかくて…ちょっとおっちょこちょい?
体格も華奢で、守ってあげたくなるような女性だ。
(わるいひとじゃなさそう)
「行く!私、決めたの!」
レオラとアリツィアは顔を見合わせしばらく無言で見合っていたが、ポツリポツリとこれからの話を進め始めた。
◆◆◆◆◆
それから10日後の良く晴れた日にティアはノーフォーク公爵家の馬車に乗り生まれ育った村を離れた。
別れの時、わずかに村に残った村人達は皆ティアを見送りに来てくれた
「ティア、元気にやるんだよ!」
「ティア俺達はここにいるからな」
「ティア、このお花持っていって」
皆が口々にティアに別れの言葉を告げているとレオラが最後に馬車に近寄ってきた
開けられた入り口のほんの近く…もう馬車に乗ってしまうのではないか?という所まで近づくと口を開いた
「ティア…元気でね、いつでも遊びに来てちょうだい。あなたは私の孫みたいなものよ…寂しいわ、本当に」
目いっぱいに涙溜めたレオラは振り切るようにアリツィア夫人の方を向き深々と頭を下げた。
「ティアの事、宜しくお願いします。ちょっとおてんばなところもある子ですけど…優しくていい子なんです」
アリツィア夫人は優しく微笑んだ
「レオラさん、勿論大切に育てます。落ち着いたらこちらにもまた来ようと思っていますから」
レオラの目いっぱいに溜まった涙が1つ1つとこぼれ落ち始めた
「さぁ、ティア行きなさい!幸せになるのよ」
「うん。ありがとう、またね」
それまで一言も話さなかったティアがニッコリ笑って言った
「では、また」
アリツィア夫人が最期の挨拶をすると行者が馬車の扉を閉めて馬車は走り出した。
「元気でなー!!」
窓から見える村人達が段々小さくなって行く
走って馬車を追いかけるレオラの姿も段々小さくなりやがて見えなくなってしまった
ティアはニッコリ笑ったままずっと窓から後ろを見続けていた
アリツィア夫人はゆっくりと優しく声をかけた
「ティア、頑張っていたのね、でも泣いてもいいのよ。お別れは悲しいものだもの」
アリツィア夫人の言葉が耳に届くと同時にティアの笑顔は崩れ去った
えーんともあーんとも違う何とも切ないまるで呻くような声で泣いた
目からはとめどなく涙が溢れ鼻水もよだれも出てしまっている
ティアにとってはあの村での暮らしが全てだったのだ
座ったまま小さな体で悲しみに暮れるティアをアリツィア夫人はそっと抱き寄せた
「大丈夫よ、大丈夫」
ティアはアリツィア夫人に抱きつき泣き続けた
いつまでもいつまでも
暗闇の中ティアの悲しみを乗せた馬車はノーフォーク公邸へと駆けていった