遠い親戚
ミセス・レオラは困惑していた。
つい、1時間程前に突然レオラとティアの前に現れたこの女性は【ティアを引き取りたい】と言った。
青く澄んだ目でレオラを真っ直ぐと見据えて。
引き取る?突然?ローラの遠い親戚と言ってたわね。ローラから貴族に親戚がいるなんて一度も聞いた事無いけれど。
……でも、
レオラは始めてローラと会った時のことを思い返していた。
ーーローラは8年前突然ドイルとこの村に来た。若い2人を村の皆は喜んで迎えたけれど、2人はここに来る前の事は話したがらなかったし、村人も敢えて聞かなかった。
何か事情があるのだろうとは思っていたが、ティアが産まれ、やがてウィルも授かり2人はすっかり村に馴染んでいた。村人達はもう、そんな事はすっかり忘れていたーー
レオラはスカートにしがみついたままのティアの頭を安心させる様に優しくなでた。ティアは不安そうにレオラを見上げた。
ローラから預かった大事なティア。
ティアを渡すにしても、渡さないにしても聞かなければいけない事は沢山ある。
「ちょっと伺いたいのですが、いくつか質問をしてもいいですか?失礼な事も聞くかもしれません」
レオラの言葉にアリツィアは大きく頷いた。
「勿論ですわ」
「まず…その、ローラの遠い親戚と伺いましたが…」
「えぇ。私の母の妹の嫁ぎ先の夫のハトコの子供になりますわ。」
アリツィアは神妙な顔をして言った。
反対に、レオラの頭の中は(それって殆ど他人では?)の言葉で一杯になってしまった。
(あぁ、いけない。仕切り直そう)
「ず、ずいぶん遠い親戚なんですね?」
「まぁ…言われてみれば、考えた事は無かったけれど血は繋がってないですわね…」
部屋の中には沈黙が流れたが、アリツィアは全く気づいてない様で(あら、本当だわ)とでも言うように少し頷きかけた。
その顔が下を向ききる前にハッと明らかに慌てたような顔になり、頭をグンッと上げた。
「違うんです!違うんです!血の繫がりは無さそうだけど、ローラとは女学校が一緒で仲良くなったんですの!」
「そ、そうなんですか」
どうやらこの貴婦人は嘘や隠し事は苦手なタイプの様だ。庶民に対しても敬意を払い、私の知る貴族の貴婦人とはちょっと違うようだ。
今だって手を一生懸命動かして必死に取り繕っているのが良くわかる。
「ローラがどこまで皆さんに話されていたか…わかりませんが、ローラは元々は子爵家の産まれなんです。それで同い年で、女学校で仲良くなりました。」
「まぁ、子爵家の…?それは知りませんでした」
「えぇ、女学校を修了しても親戚として親友として仲良くしていました。…でも、あの、貴族では無い方と結婚したいと言い出して……」
アリツィアが伏し目がちに、申し訳無さそうに語る。
あぁ、そうか。ドイルとはやはり駆け落ちだったのね。ローラは頑張っていたんだわ。朝早くから水を組み、野菜を作り、手なんてあかぎれだらけだった。子供達を育て…とても貴族のお嬢様だったなんて気づかなかった。
「それで駆け落ちを?」
「そうですわ。生家には認められず勘当されました。最後に話した時、貴族として生きてきた自分は捨てるから…もう会えないと…うっ……わ、わだしばー…こっぞり…人を雇って…居場所どー……」
困った。アリツィアが途中から号泣しだして、後半聞き取りづらい。涙は滝の様だし、肩も震わせて今にもテーブルに突っ伏しそうだ。
「涙を拭いてくださいな。つまり、ローラが心配で、人を雇って居場所や動向だけは知っていた。それで、今回の事故を知り会いに来たのですね?」
バーーーーン!!
レオラの心配も虚しくアリツィアはすごい勢いでテーブルに突っ伏した。馬車に轢かれたカエルのように。
「ばい…手紙の返事もごねー……うっ…ひっく…来てみだら…ヴー」
「ビックリしたんですね、まぁ、わかりますけど落ち着きましょう。ほら、子供も見てますし」
テーブルに突っ伏していたアリツィアの肩がピクリと動いた。アリツィアはそろそろと頭を上げるとハンカチでササッと涙を拭き、目をまん丸くして見ていたティアに話しかけた。
「ちょっとビックリさせちゃたわね。あの、いつもこんなじゃ無いのよ。本当に、割りと穏やかな方よ」
「……うん」
「それで、あの、ずっと気になっていたんですが。あなた様のお名前のノーフォークと言うのはもしかして」
「あぁ、そうでしたわ。先にちゃんと身分を名乗らないなんて失礼なことを、ノーフォーク公爵家になります。主人にはまだティアの事は話していませんが賛成はしてくれると思いますわ。ただ、ティアやレオラさんのお気持ちもあるので、返事はすぐにでなくても構いません。ゆっくりでも考えて頂けませんか?」
ノーフォーク公爵家!!!あの有名な!?
ノーフォーク公爵家といえばこのエドニア大国でも有数な貴族だ。こんな田舎物でも知っている。
レオラは悩み始めた。
ティアにとってどちらがいいのだろう?
一緒に暮らしていくつもりだった。けれど私は歳をとっている。ティアが大人になり、嫁いでいくまで見守れるだろうか?暮らしぶりにしても公爵家に行ったほうが安泰だろう。
だが、全然知らない人だし、ティアは家族と暮らしたこの村を離れたいだろうか…?
レオラが返事をしないでいるとテーブルの下の方からはっきりと声がした。
「わたし、いくわ。おばさんの家に行く」
レオラとアリツィアが目を合わせてテーブルの少し下に目線をずらすと、レオラのスカートから手を離したティアが目を爛々と輝かせていた。