嵐の夜
「ティア、冷えるわよ。こっちにいらっしゃいな」
50をとうに越え60歳を目前に控えたミセス・レオラが、暗い雨雲に包まれた外の景色を夢中になって見ているティアに向かって声をかけた。
すごいあめだわ!
こうずいってやつになっちゃうんじゃない!?
みのがすわけにはいかないわ!
「あったかーーいミルクがあるわよ」
レオラは甘い声で囁いた。
ティアは窓から後ろを振り返り、テーブルの上に置かれた湯気のたった温かそうなカップを見た。
しばらく外の景色とカップを見比べてみたけれど、大人しくミセス・レオラの提案にのる事に決めた。
ティアが窓からテーブルに移動すると、ミセス・レオラが心配そうに言った。
「すごい雨だわ。こんなに降るなんて……ダンも帰ってこないし、ローラ達も心配だわ」
「ダンおじちゃん、どこにいったの?」
「村の応援よ。雨がひどいから村の男達で巡回してるの。でも、遅いわね」
レオラは少し目を細め心配そうに窓から外を見た。
レオラとダンはティア達家族の隣の家に住んでいるとても仲の良い夫婦だ。子宝には恵まれなかったが、二人で山登りをしたり、旅行をしたり、仲睦まじく暮らしていた。
ティアの家とも仲が良く、時々ローラはティアやウィルをレオラの家に預けた。
ママもウィルもおそいなぁ
フィローせんせい、いそがしいのかな。
今日の昼過ぎ、ティアをミセス・レオラに預けて母は風邪の治らないウィルを連れこの村に一つしかない診療所へ向かった。
くれぐれも悪さはしないように!
母はティアに何回も言い聞かせて出かけていった。
ママってほんとーーにくちうるさい!!
ティアがカップを持ち、温かいミルクをひとくち飲むと、外から
ドーーーーーン!!!!
という大きな音が聞こえ、次に ミシミシミシッ とレオラの家が大きく揺れた。
ティアは持っていたカップを宙になげだし、レオラのスカートにしがみついた。
なに??
「ティア、大丈夫?」
レオラはスカートにしがみついたティアの手を握り、暗く雨の降り続く外の景色を窓から見た。
「暗くてわからないわ。でも何が起きたのかしら?怖いわ。」
少しすると、村の人達が家から出てきたのか戸外がザワザワしだした。
レオラはティアと共に玄関ドアへと急ぎ、滝のような雨が降り続く中、少しだけドアを開けた。
「何かあったの?」
「レオラ!大丈夫か?ティアもいるんだな?」
巡回の村人がビショビショに濡れた体で大声で答える。疲れ切った顔をしているが、かなり焦っているようだ。
「渓谷に向かう道が崩れた!大分巻きこまれた人がいる!」
「……ローラは?診療所は渓谷への道にあるのよ?ダンは?」
レオラは呆然としながら聞いた。
「わからない!まだ、誰かどうなったかもわからないんだ!男達は村にいるだけ集めて渓谷へ今から向かう!女達は家で待つんだ!いいな!」
レオラとティアはしばらく雨の中渓谷へと走っていく男達を見ていた。
「レオラ…」
ティアが強くレオラの手を握りしめると、レオラはドアを閉めた。
暖炉の前までティアを連れて行き、
「大丈夫よ、ティア。明日の朝には皆無事帰ってくるわ」
と言った。自分に言い聞かせているようでもあった。二人はそのまま、毛布に包まり暖炉の前で夜を明かした。
ティアが目を覚ますと朝になっていた。
ミセス・レオラはまだウトウトしている。
ティアが窓から外を見ると、きのうの嵐が嘘のように空は静かに晴れ渡っていた。
しかしその日、ダンもローラもウィルも帰って来る事はなかった。
父、ドイルさえも。