08 ペイフォード家は全力で彼女の好意を利用することにした(ベイル視点)
セシリアとのお茶会が終わり、ベイルが彼女を家まで送り届けるとセシリアは「ベイル様、ここで少しお待ちください」と言い、小走りで屋敷内へと入っていった。
ちょこちょこと走る後ろ姿は、やはり野ウサギに似ていて、その愛らしさについ口元が緩んでしまう。
しばらくすると、セシリアは綺麗にラッピングされた箱を持って戻ってきた。
「これをクラウディア様にお渡しいただけますか?」
ベイルが箱を受け取ると、セシリアは「ベイル様、今日はとても楽しかったです。ぜひまたお話をお聞かせくださいね」と陽だまりのように微笑んだ。気がつけば、またセシリアの頭を撫でようと右手を上げてしまっている。その手を口元に移動させるとベイルは咳払いをした。
「では、また」
「はい!」
馬車が動き出しても、セシリアは笑顔で手を振ってくれている。彼女の柔らかい髪が風に吹かれ揺れていた。
(セシリア嬢が、俺の本当の妹だったら、あの髪をいつでも好きなだけ撫でることができたのに……)
帰りの馬車の中で、ベイルはずっとそんなことを考えていた。
ベイルがペイフォード家に戻ると、すぐに父の書斎へと呼び出された。
「失礼します」
ベイルが書斎に入ると、正面の書斎机に父が座り、その右隣に妹のクラウディアが控えていた。扉付近には、副団長のラルフとクラウディアの専属メイドが立っている。
父が酷く難しい顔をしながら「ベイル、お茶会の報告を」と鋭く言い放った。ベイルは両手を後ろに回し腹に力を入れ「はい」と答える。答えながら、『まるで俺の悪事を取り調べる査問委員会のようだ』と思った。
「本日、セシリア嬢をお茶会に招きました。持てる力を尽くして彼女をもてなし、それなりに楽しんでもらえたのではないかと判断しています」
父は酷薄そうに見える瞳で、ラルフに視線を送った。ラルフは一度、父に向って頭を深く下げてから、緊張した面持ちで話し出した。
「ベイル団長は、セシリア様を迎えに行った際に、なぜかセシリア様をお姫様抱っこした状態で現れました。セシリア様が『下ろしてください』と言ったので、馬車の前で下ろしていました」
ラルフの話を聞いたクラウディアが痛そうに自身の額に手を添えた。クラウディアが、自分の専属メイドに視線を向けて「お茶会自体はどうだったの? エイダから見た意見を聞かせて?」と尋ねる。
聞かれたメイドはとても言いにくそうに口を開いた。
「お茶会では、全て最高級のものを取り揃え、セシリア様に最大限の敬意を払ったおもてなしをさせていただきました。お茶会が始まると、終始和やかな雰囲気でベイル様もセシリア様もとても楽しそうに過ごしていらっしゃいました」
緊迫した室内に、安堵のため息が漏れ聞こえる。
「ただ……」
「ただ、何? 気がついたことは、なんでも言ってね」
言い淀むメイドの言葉をクラウディアが促した。
「あの……私が思うに、セシリア様はクラウディア様のことがお好きなのだと思います」
室内に妙な沈黙が下りた。クラウディアは「え? どういうこと?」と驚いている。
「その……セシリア様はクラウディア様のお色をまとっておられましたし、ベイル様とのお話の内容も全てクラウディア様についてのことでした」
父が「どういうことだ?」と言いながら、ベイルを見た。
「そのままの意味です。セシリア嬢とはディアのことしか話していません。彼女は、ディアの大ファンだそうです」
ベイルは手に持っていた箱をクラウディアに手渡した。
「セシリア嬢からディアへのプレゼントを預かってきた」
クラウディアが箱を開けると「私の好きなものばかりです」と驚いている。
「……すると何か? セシリア嬢はお前ではなく、ディア目当てでお前の婚約者候補になったとでも?」
「そうなりますね」
父が書斎机に崩れるように頭を抱えた。
「はぁ……セシリア嬢は諦めて、次に行こう」
父の言葉にクラウディアも「そうですね」と悲しそうに同意した。
「嫌です。俺は彼女を気に入っています」
気がつけば、ベイルはそんなことを口走っていた。父もクラウディアもこれでもかと目を見開き驚いている。
「彼女といると楽しいし、彼女ほど話が合う人に会ったことはない。俺は婚約するなら彼女がいいです」
急にクラウディアが花が開くように愛らしい笑顔を浮かべた。
「お兄様から、そのようなお言葉が聞ける日がくるなんて……」
父も感慨深そうに頷いている。
「ベイル、お前の気持ちは分かった。なら、我らがやることは一つだ。セシリア嬢のディアへの好意を利用しよう」
それは『氷の一族』の名に相応しい冷たい声だった。クラウディアも異論はないようで頷いている。
「私がセシリア様と仲良くなって、お兄様の魅力を伝えます」
父は、「頼んだぞ、ディア。後は、皆で、セシリア嬢がベイルと恋仲だと触れまわってくれ。私は、これから先、セシリア嬢に縁談が持ちこまれないように裏で動いておく」と無表情で言い切った。
ベイルの背後から、「うわぁ……セシリア様、可哀想……」とラルフの小声が聞こえてくる。
(可哀想か……。確かに俺が気に入ったからと言って、一方的に婚約を迫るのはセシリア嬢に申し訳ないな)
「では俺は、セシリア嬢に、俺自身へ好意を持ってもらえるように努力します」
そう言うと、なぜか父が目頭を押さえ、クラウディアは目元を押さえて肩を震わせた。
「ベイル、お前、立派になって……」
珍しく父に褒められたが、ベイルは素直に喜べなかった。