06 春の野ウサギ(ベイル視点)
セシリアと共に馬車に乗り込んだベイルは、満足そうに頷いた。
(ラルフのアドバイス通り、セシリア嬢のことを妹だと思うと、迷わず行動ができるな)
セシリアは、少しうっかりしているところがあるのか、階段で急によろめいた時は驚いた。兄としては妹のセシリアを危ない目に遭わせるわけにはいかない。
ベイルが「セシリア嬢は、馬車には一人で乗れるようで安心したぞ」と伝えると、セシリアは口を少しだけポカンと開けたあと、いつものようにニコッと微笑んだ。そして、少しだけ何かを考えるように視線を逸らした後、真っすぐにベイルを見つめた。
(今まで、多くの女性に会ってきたが、なぜか皆、視線が合わなかった。こんなにも視線が合うのはセシリア嬢が初めてだな)
セシリアは、「ベイル様……今のお話の流れからすると、もしかして、クラウディア様はお一人で馬車に乗れなかったことがあるのですか?」と、丸く大きな瞳を輝かせながら聞いてきた。
「ああ、ディアは身体が弱いから、馬車にも俺が抱きかかえて乗ったことがある」
「そうなのですね!?」
「あと、ディアは『馬車は揺れて危ないから』と馬車に乗る前に、クッションを持ち込もうとして抱きかかえて離さなかったこともあったな」
「……う、ぐっ、クラウディア様……愛らしいです……」
口元を押さえながら小刻みに震えるセシリアを見ていると、ベイルの頭に何かが浮かんだ。
(セシリア嬢のこの柔らかそうなブラウンの髪質、まるで小動物のように丸く大きな瞳、そして、この儚げに震える姿……どこかで見たような……? はっ!? 野ウサギ!)
それは狩猟の時に見かける野ウサギだった。しかも、大人ではなく、目の前のセシリアは子ウサギによく似ている。セシリアが身にまとっている優しい緑色のワンピースが、春の野原を彷彿させた。
(セシリア嬢は、ディアとはまた違った可愛さがあるな)
本当の妹のクラウディアは、妖精のような愛らしさで、身体も弱いこともあり『とにかく守らなければ』という思いが強かった。しかし、目の前にいるセシリアは、いつもニコニコと穏やかで、つい頭を撫でてしまいたくなるような愛らしさがある。
(やはり、妹はいいな。……いや、セシリア嬢は本当の妹ではないし、確かディアより年上のはず)
馬車の中は心地好い沈黙が降りていた。視線が合うと、セシリアがまたニコッと笑った。ベイルは無意識にセシリアの頭を撫でようと右手を伸ばそうとしている自分に気がつき慌てた。
(あぶない!)
父とディアからセシリアに『決して失礼なことはしないように』と、きつく言われている。理由もなく急に女性の頭を撫でるのはさすがに失礼なことだろう。
(セシリア嬢を妹と思う作戦は良いが、妹だと思うと無意識に愛でたくなるぞ。気を付けなければ)
ベイルは余計なことをしないように、腕を組んで目を閉じた。
※以前、ここにベイルの脳内イメージで、可愛いウサギの写真をUPしていました。
その写真は、その時点では、商用可能なフリー素材写真で問題はなかったのですが、写真の撮影者様が、ウサギ写真をフリー素材から有料素材に変更されたので、「何か問題が起こったら困るなー」ということで、念のためこちらの写真も削除しました。