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【リクエスト番外編⑤】のつづき

 セシリアは、クラウディアに連れられて大きな木の下に辿り着いた。爽やかな風が優しく頬を撫でていく。すぐ近くに小川が流れていて、サラサラと浅瀬を流れる水の音が心地良い。


「素敵な場所ですね」


 セシリアがうっとりと呟くと、クラウディアが「そうでしょう」と嬉しそうに微笑んだ。


 クラウディアが後ろを歩いていた婚約者に手を振ると、アーノルドはすぐに駆け寄ってきた。アーノルドからバスケットを受け取ったクラウディアは、その中からシートを取り出す。


「アーノルド、シートの端を持って」


 セシリアが手伝う間もなくクラウディアは、テキパキとピクニックの準備を整えていった。


 その間にも、クラウディアは「セシリア様、準備はお任せください。私達、隙間時間を見つけては二人でピクニックしているので」と、上手く手伝えないでいるセシリアに気遣いの言葉をかけてくれる。


 ベイルが木の下に辿り着いた頃には、すっかりとピクニックの準備が整っていた。


(クラウディア様もアーノルド殿下も、すごいわ……)


 二人とも、ベイルと同じで『なんでもできてしまう天才タイプ』なのかもしれない。


 クラウディアに「さぁ、セシリア様も、お兄様も座ってください」と促され、靴を脱いでシートの上に座ると、ふと、セシリアは小さい頃に家族でピクニックに行ったことを思い出した。


(あの時は何も思わなかったけど、大人になってから、お外で靴を脱いで食事をするなんて悪いことをしているみたいで少しドキドキするわ)


 クラウディアとアーノルドは、本当に慣れているようで、もうお弁当のフタを開けている。


「うわぁ、美味しそうなサンドイッチだね!」

「そうでしょ? はい、アーノルド、あーん」


 クラウディアの手からアーノルドは嬉しそうにサンドイッチを食べた。その様子は、まるで恋物語のワンシーンのように素敵な光景だった。


 セシリアが見惚れていると、急に顔の前にサンドイッチが現れた。


「え?」


 驚いて見ると、ベイルがセシリアの顔の前にサンドイッチを差し出している。


「食べないのか?」


 セシリアがベイルの手からサンドイッチを受け取ろうとすると、ベイルがひょいとサンドイッチを上に上げた。


「セシリア、我慢しなくていい」


 真剣な顔のベイルは「アレがやりたいんだろう?」と言いながら、食べさせあいっこをしているクラウディアとアーノルドを指差した。


「ち、違います!」


 セシリアは必死に首を左右に振ったが、ベイルは『分かっているぞ』とでも言いたそうな顔で「ほら、あーん」と言ってきた。


「ちが、本当に違うんです! 殿下とクラウディア様がとてもお似合いで素敵だったので、見惚れてしまっていただけです!」


「そうなのか?」


「そうなのです!」


 セシリアが一生懸命に説明すると、ベイルは納得してくれたようだ。


(誤解が解けて良かったわ)


 ホッとしながらベイルの手からサンドイッチを受け取ろうとすると、なぜかまたひょいと上に上げられた。不思議に思ってベイルを見ると、「なら、俺がやりたいから、アレをやろう」と真顔で言ってくる。


「え、ええっ!?」


「嫌か?」


 ベイルに少し悲しそうにそんなことを言われると、強く断れない。


(でも、恥ずかしすぎるわ!)


 他人がやっているのを見るのはいいが、自分がやるとなると話は別だった。頬が熱を持ってベイルの顔を真っすぐ見られない。


 見かねたクラウディアが「お兄様、無理やりはいけませんわ」と言ってくれた。


「そうだな。すまない、セシリア」


「いえ……」


 申し訳なさから居心地悪く感じていると、それまで黙っていたアーノルドが「されるのが嫌だったら、セシリアさんがお義兄さんに、あーんをしてあげたらどうかな?」と、爽やかな笑みで爆弾発言をした。


「で、殿下!?」


 驚いてアーノルドを見ると、「あれ、僕、何か変なこと言った?」とクラウディアに聞いている。


「うーん」


 困っているクラウディアの向かいで、ベイルは「殿下……」と感動したように声を震わせていた。


「なんと素晴らしい発想力! 殿下こそ、次期国王に相応しいお方です!」


 急に話を振られたアーノルドが驚いている。


「貴方の勤勉さ誠実さは人の上に立つ者として相応しい! そして、剣術の才能も素晴らしい! 貴方のような王族に仕えることができる俺は幸せです」


 ベイルの熱弁を聞きながら、アーノルドの頬が少しずつ赤く染まっていく。


「いや、お、お義兄さん?」


「貴方の義理の兄であることは、とても誇らしいですが、俺はそれ以前に貴方の臣下です! どうか、ベイルとお呼びください!」


 勢いよく詰め寄られたアーノルドは、顔を真っ赤に染めて少し顔を逸した。


「……僕は、貴方に、そんな風に思ってもらっていたなんて……知らなかった」


 クラウディアが「お兄様は、基本、言葉が足りませんからね」と、ため息をついている。


「でも、セシリア様の前では、素直になってたくさん言葉が出てくるようで安心しましたわ」


「確かにそうだな。セシリアには誤解をさせたくなくて、いつもより気を付けて、思いを口に出すようにしている」

 

「でしたら、もう全員セシリア様と思ってくださいませ」


 ベイルは、両腕を組んでしばらく考えた込んだあとに「いや、それは無理だ。セシリアは、この世でただ一人だからな」と、とても真面目な顔で答えた。


(なんだかおかしな話になっているわ)


 セシリアが戸惑っていると、アーノルドが急に噴き出した。


「あはは、ディアとベイルはやっぱり兄妹なんだね! そっくりだよ」


「お兄様と私が!? どこが!?」


「ほら、感情を真っすぐに伝えてくれるところとか、裏表がないところとか」


 アーノルドの言葉に納得出来ないのか、クラウディアは不服そうに頬を膨らませた。


(か、可愛いいいいい!!)


 セシリアが静かにクラウディアの愛らしさに感動していると、アーノルドはまた笑う。


「あと、ベイルとセシリアさんも良く似ているね。ベイルがセシリアさんを見つめる瞳と、セシリアさんがディアを見つめる瞳がそっくりだ」


 その言葉で、今度はベイルが不服そうに眉間にシワを寄せた。


「殿下、事実なだけに複雑です」


「ごめんごめん、あ、セシリアさん、ベイルに早く食べさせてあげてね。これは命令だよ」


 その言葉に、ベイルの眉がピクリと動いた。


(アーノルド殿下のご命令!)


 王族の命に背くわけにはいかない。セシリアは、覚悟を決めてサンドイッチを手に取ると、ベイルに向き直った。


「ベイル」


 名前を呼ぶと、無表情のベイルの目元がサッと赤く染まる。セシリアは、おずおずと腕を伸ばすとベイルの顔にサンドイッチを近づけた。恥ずかしすぎて少し手が震えてしまう。


「はい、あーん」


 パクリとサンドイッチを食べたベイルは、もぐもぐと口を動かしている。


(良かった、これで終わり……)


 と、思ったとたんに、ベイルに腕をつかまれた。そして、セシリアが手に持っていたサンドイッチを腕ごと引き寄せ、もう一度かぶりつく。


 止めて欲しくてアーノルドを見るとニコニコしながら「続けて」と言われてしまう。


 セシリアが恥ずかしさに耐えていると、サンドイッチを食べ終わったベイルにペロッと指を舐められた。


「きゃあ!?」


 驚きすぎて悲鳴を上げると、ベイルはアーノルドに向き直り「殿下、ありがとうございます。この御恩は必ずお返し致します」と礼儀正しく頭を下げた。


 アーノルドは、少年のような笑みを浮かべている。


「ベイル、これからよろしくね」


「はい、殿下。実は、殿下にご提案したいことが何点かあります。まず信頼できる殿下専属の護衛と密偵を抱えるのはどうでしょうか? あと……」


 それまでのことが嘘のように、ベイルとアーノルドは真面目な顔で真面目な話を始めた。


(お二人が仲良くなれたのは嬉しいけど……私が食べさせる必要はあったのかしら?)


 少し納得できないでいると、クラウディアに「セシリア様、ありがとうございました」と耳打ちされて、セシリアのモヤモヤは一瞬で吹き飛んだ。



 

 食事を終えると、クラウディアに「川に行きましょう」と誘われた。ベイルとアーノルドは、まだ難しい話をしている。


 二人を置いて川のほとりに着くと、クラウディアは「やっと二人になれましたね」と微笑んだ。


「セシリア様、実はお願いがあります」


 エメラルドのように綺麗な瞳がセシリアを真っすぐに見つめている。


「なんでしょうか? なんでもおっしゃってください」


 次の言葉を待っていると、クラウディアは白い頬をほんのりとピンク色に染めた。


「……セシリアお姉様って、お呼びしても良いですか?」


 恥じらうクラウディアに見とれている間に、とんでもないことをお願いされたような気がする。


「え?」

「ダメですか?」


「い、いえ! その、とても嬉しいです」


 嬉しすぎて頭がボーッとしてきた。


「良かったです。では、私のことはディアとお呼びくださいね。セシリアお姉様」


「……ディア?」


 信じられない気持ちで愛称を口にすると、クラウディアは「はい」と可愛らしい笑顔で返事をしてくれる。


「お姉様、今のうちに川に入ってみませんか? いつも入りたいのに、アーノルドに止められてしまって」


 そう言いながら、クラウディアはもう靴と靴下を脱いでいる。


「さぁ、お姉様も」


 クラウディアに輝くような笑顔を向けられると、断ることなんてできない。


「あ、はい!」


 慌てて靴を脱ぎ、靴下を脱ぐと、クラウディアに手を引かれ、そっと水に足を付ける。とても浅い川なので、足のくるぶしまでしか水位はない。


「わぁ、やっぱり冷たくて気持ちいい! アーノルドったら、こんなに浅い川なのに危ないって言うんです」


 川の水は氷のように冷たかった。足裏に石や苔のぬるぬるした感触があって気持ち悪い。


「クラウディア様……じゃなくて、ディア」


 セシリアが怖くなってクラウディアの腕にしがみ付くと、低く大きな声が響いた。見ると、ベイルとアーノルドがすごい勢いでこちらに向かって走って来ていた。


「セシリア、何をしている!」


「ディア、川は危ないって言ったのに!」


 ベイルは靴も脱がずに川の中まで入ってくると、セシリアを抱きかかえた。その顔はとても怒っている。


 同じくアーノルドに抱きかかえられたクラウディアが「お兄様、セシリアお姉様は悪くありません! 私が無理やり……」とかばってくれる。


「ディア、違うわ。私も入ってみたくて。ベイル、ごめんなさい」


 素直に謝ると、ベイルが「くっ、『セシリアお姉様』に『ディア』か……。ただでさえ、嫉妬してしまうのに、さらに二人は仲良くなったのか」と、深いため息をついた。





【リクエスト番外編⑤】おわり




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