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04 俺に次はないらしい(ベイル視点)

 ランチェスタ侯爵家から婚約の返事が届くと、ベイルは父の書斎に呼び出された。書斎に入ると、書斎机に父が座り、そのすぐ横に妹のクラウディアが立っていた。


 二人はとても深刻な顔をしている。


(また婚約を断られてしまったのだな)


 ベイルがそう思っていると、父が重い口を開いた。


「ベイル。セシリア嬢との婚約だが、向こうの希望で保留にされてしまった」


 父が眉間にシワを寄せて、鋭い表情でこちらを見た。それに怯むことなくベイルは堂々と答える。


「なら、まだ断られてはいないということですね」


 その言葉を聞いた妹のクラウディアが「確かにそうですが、お兄様は、この状況をどうするおつもりですか?」と悲しそうな表情を浮かべた。


 父が「公爵家からの縁談を保留にされる日が来るとは……。ここ一年で神殿の力も急速に衰えているし、時代の流れは恐ろしいな。ベイルよ、セシリア嬢は諦めて次を探すか?」と言うと、クラウディアが「待ってくださいお父様!」と口を挟んだ。


「お兄様が、今まで何十人の方に断られたと思っているのですか? セシリア様を逃しては、もう次はないかもしれません」


 それを黙って聞いていたベイルは『酷い言われようだな』と思ったが、父はクラウディアの言葉を否定することなく重々しい空気の中で頷いた。


「……そうだな」


(そうなのか!?)


「このままでは、我がペイフォード家の血筋が途絶えてしまう。ここはなんとしてでも、セシリア嬢に嫁いで来てもらわなければ」


 暗い表情の父と妹の会話を聞きながら、ベイルは思った。


(いい加減、面倒になってきたな)


 機会があれば、いつか誰かと結婚するだろうし、もしできなければ、親戚筋から養子を取るという最終手段もある。


 そういうことを言うと、父に怒られそうなので、黙ってはいるがそれほど悩むこととは思えない。


(だが、またあの地獄の顔合わせを繰り返すと思ったら、このままセシリア嬢と婚約できたほうが俺としても有難い)


 室内の淀んだ空気を追い払うように、クラウディアがパンッと両手を打ち合わせた。


「お父様、セシリア様を我が家にご招待するのはどうでしょうか? こちらのことも分かっていただけますし、お兄様の良いところも知っていただけるかと」


 クラウディアの提案に父は頷く。


「名案だ。それがいい」


 父はカッと鋭い瞳を見開いた。


「我がペイフォード一族の全てをかけてセシリア嬢をもてなすのだ!」


 クラウディアも硬い表情で「はい、お父様!」と同意する。ベイルは少し呆れながらも、「俺は何をすれば良いですか?」と指示を仰いだ。


 父と妹は困ったように顔を見合わせる。


「そうだな……」

「そうですわね……」


 クラウディアが「お兄様は、『乙女心』でも学んでいてくださいませ」とにっこり愛らしく微笑んだ。


*


 父の執務室を後にしたベイルは、無意識に鍛錬場に向かっていた。

 愛らしい妹に『乙女心を学んでほしい』と言われたが、どうすればいいのか分からない。


 悩んでいると、副団長のラルフに出会った。


「ちょうど良かった」

「え? 今、俺、ちょっと忙しいんですけど……」


 ラルフは手に書類を持っている。


「見せろ」


 ラルフが差し出した書類は、急ぎでも重要なものでもなかった。

 ベイルは、通りがかった若い騎士に声をかけると、ラルフの代わりに届けるように指示を出す。


「いや、俺が行きますけど?」


「そんなことよりも重要なことがある」


「何か問題が起こったんですか?」

 驚くラルフに、ベイルは執務室でのことを話した。話している間に、ラルフの顔から深刻さがどんどんと消えていく。


「……で? その話をベイル団長から聞かされた俺は、いったいどうしたらいいんですかね?」


「お前、最近彼女ができたと浮かれていただろう」


 ラルフが「ええ、まぁ」と照れ笑いをした。


「俺に何か助言をくれ」


「いや、急に助言と言われましても……。そもそも団長が女性と一緒にいる姿が思いつきませんから。団長って、女性といるとき、どんな感じなんですか?」


「このままだが?」


「え?」


 なぜか驚くラルフに、ベイルはもう一度「このままだ」と繰り返す。


「いや、ダメでしょ! 女性の前で、こんな眉間にシワ寄せて不機嫌そうにしてたら! 怖いですって」


「別に不機嫌ではないし、ディアは俺を怖がらない」


「クラウディア様は団長の妹でしょうが! 団長には慣れてるし特別なんですって!」


「では仮に、俺が不機嫌そうに見えて怖いと仮定しよう。どうしたら女性に怖がられない?」


 真剣な顔で黙り込んだラルフは、「うーん」と唸りながら答えた。


「いっそのこと、相手の女性をクラウディア様だと思ってみるのはどうですか? ほら、団長はクラウディア様には優しくできるじゃないですか。いや、ちょっと過保護すぎる気もしますけど……」


「なるほど、妹と思えばいいのか」


 それならできるような気がする。


「ならば、セシリア嬢のことを、今日から俺の妹だと思ってみよう」


セシリアは妹だ。

妹は守らなければならない。

妹は大切にしなければならない。

なぜなら、それが兄の役割だから。


なので、これからは、セシリアのことを守って大切にしなければならない。


「よし、いけそうな気がしてきたぞ!」


 満足そうなベイルの横で、ラルフが「心配だなぁ」と呟いた。


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