【リクエスト番外編④】弟視点のかわいいお話
僕のお姉様の名前は、セシリア=ランチェスタです。
セシリアお姉様は、結婚して家を出て行ってしまいました。
僕は大好きなお姉様に会えなくてとても悲しいです。これも全てアイツのせい。
アイツというのは、お姉様の結婚相手のベイルです。ベイルは顔が怖い嫌な奴で、僕を見つけたらすぐに追いかけてくるし、ベイルに捕まれば抱えられて肩に乗せられます。
ベイルは背が高いので肩に乗せられると、とても遠くまで見えます。そうすると、僕はお姉様よりも背が高くなるので、すっごく楽し……くない!!
「た、たのしくないから!」
僕が馬車の中で叫ぶと、隣に座っていたお姉様が優しく「どうしたの?」と聞いてくれます。
僕はお姉様にしがみつきました。
「お姉さま、きょう、ベイル、いる?」
「もう、『ベイルお義兄様』でしょ? 呼び捨てにしてはいけませんよ」
「だって……」
ベイルは大好きなお姉様を連れて行ってしまった悪い奴です。
「ぼく、ベイル、きらい……」
お姉様は少し困った顔をしながら髪を撫でてくれます。そして『もう5歳になったから、抱っこはしませんよ?』と言っていたのに、優しく抱きしめてくれました。
馬車が停まってお姉様の新しい家に着いてしまいました。ここには、ベイルも一緒に住んでいます。
お姉様は、今までずっと僕と住んでいたのに、ベイルと住むことになったから、僕とはもう一緒に住めないのよってお母様が言っていました。
ベイルがいなかったら、ずっとお姉様と一緒にいられたのに。
馬車の扉が開くとベイルが立っていました。お姉様は嬉しそうにベイルの手を取り馬車から下りて行きます。
ベイルが「ようこそ」と僕に手を伸ばしたので、僕はその手をぺちんと叩き一人で馬車から下りました。そして、お姉様のスカートの後ろに隠れます。
「ベイル、きらい! お姉さまをかえせ!」
お姉様に「ベイルお義兄様でしょう? あと、失礼なことを言ってはダメよ」としかられましたが知りません。
ベイルは「ふっふっふっ」と絵本に出てくる魔王のように笑っています。顔が怖いです。
「君の弟は、相変わらず君のことが大好きなようだ」
「結婚するまでは、あなたにとても懐いていたのに不思議です」
お姉様は何も分かっていません!
ベイルは「ときどき遊びに来る姉の知り合いの男と、大好きな姉を連れ去った男では対応も違ってくる」と言っていて、僕のことを良く分かっています。
「そうなのですか?」と、不思議そうな顔をしているお姉様。
お姉様が歩き出したので、僕もスカートの陰に隠れるようについていきます。お姉様が立ち止まると、お庭にお茶会の準備がされていて、テーブルの上いっぱいにお菓子が並んでいました。
「わぁ! すごい!」
お姉様は「今日は好きなだけ食べていいわよ」と夢のようなことを言ってくれます。
椅子に座ると、すぐに目の前にケーキが運ばれてきました。ケーキをフォークで差し口に運ぶと甘さが口に広がります。
「おいしい!」
お姉様が「あらあら」と言いながら、ナプキンで僕の口を拭いてくれました。
「お姉さま、あれも食べていいですか?」
「もちろんよ」
「んー! すっごくおいしいです!」
ベイルが「気に入ってもらえて良かった」と言ったので、『あ、ベイルもいた』と僕は慌てて敵の存在を思い出しました。
お姉様がまた僕の口元を拭いてくれます。なんとなく、ベイルが羨ましそうにこちらを見ているような気がします。
「ベイルもケーキ、たべたいの?」
「いや」
「じゃあ、お姉さまに口をふいてもらいたいの?」
お茶を飲んでいたベイルが、ゴホッと咽ました。
「え? ベイルは、大人なのに、お姉さまに口を拭いてもらってるの!?」
「それは違う!」
「分かったぞ! ベイルはお姉さまを自分の家に連れて行って、いろんな仕事をさせているんだ! 可哀想なお姉さま、ぼくが助けてあげるからね!」
お姉様はクスクスと笑いながら、僕の頬を人差し指でツンっと突きました。
「私はベイルのことが大好きだからここにいるのよ。助けてくれなくていいの」
「そんなぁ、お姉さまぁ!」
隣に座っていたお姉様の胸に飛び込むと、ベイルが無言で立ち上がり、僕のお腹辺りを両手で抱えて持ち上げました。
「うわぁ!? はなせぇえ!」
ベイルは一瞬、僕を放り投げ空中で反転させました。向かい合わせになったので、ベイルの怖い顔が僕を睨みつけています。
「少し、二人で話をしようか」
「ヤダ!」
ベイルが怖い顔を近づけてきます。
「これは男同士の話だ」
「おとこどうし……?」
「そうだ。聞くか?」
「分かった。ぼくもオトコだ!」
フッと笑ったベイルに肩に担がれ、僕はお姉様が見えない場所まで連れて行かれます。正直、ものすごく怖かったけど、男なので我慢しました。
ベイルはしゃがみ込むと、僕を地面に下ろしました。
「セシリアと離れて寂しいか?」
頷くと、ベイルは大きな手で僕の頭をわしゃわしゃと撫でました。
「悪いが何があってもセシリアは返せない。でも、良いこともある」
「お姉さまとはなれて、いいことなんてないよ……」
僕は泣きたい気持ちでいっぱいでした。
「ある。家族が増えた。俺とお前ももう家族だからな」
「えー……ベイルが家族? それはべつにうれしくない」
ベイルは「そうか。では、いつか、お前に弟か妹ができるというのはどうだ? まぁ、正確には甥か姪だが」
「ほ、ほんと!?」
「ああ、本当だ。お前は兄になるんだ」
「ぼくが、お兄様……」
それはとても胸がドキドキして嬉しいです。
「だから、セシリアがいなくてもしっかり食べて遊んで勉強するんだ。これからは、自分でできることはできる限り自分でしろ。弟か妹を守るためには、兄は強くならなければな」
「それって、ベイルみたいにってこと?」
前にお父様が、ベイルは『剣術もすごい』って言っていました。
「まぁ、そうだな」
お姉様と一緒に暮らせないのは悲しいけど、僕は弟か妹がとても欲しいです。
「頑張れるか?」
僕はこくんと頷きました。
「ベイル、約束だよ?」
僕が小指を立ててベイルに突き出すと、ベイルは「ああ、約束だ」と言って自分の小指を絡めて、ブンブンと上下に振りました。
これは、男と男の約束です。
だから、お姉様とたくさん遊んでから、家に帰る時も僕は泣きませんでした。
お姉様が「送るわね。一緒に行きましょう」と言ってくれましたが、頑張って断りました。
「ぼくは、一人でかえれます」
一人で馬車に乗り込むと、ベイルと目が合いました。ベイルは少しだけ笑顔を浮かべて頷きました。
「ベイル……お兄様! 絶対に約束を守ってくださいね!」
「ああ、もちろんだ」
お姉様が「なんのお話ですか?」とベイルに聞いています。
馬車の扉が閉まりました。
ベイルがお姉様に何かを耳打ちすると、お姉様の顔は真っ赤に染まりました。そして、ベイルを両手でポカポカと殴っています。
僕は、あんなお姉様は初めて見ました。
お家では、お姉様はいつもニコニコと優しくて、怒ったところなんて見たことがありません。お姉様にあんな顔をさせるなんて、ベイルはすごい男だなって思いました。
僕はそんなすごい男と男の約束をしたので、絶対に守ろうと思います。
「つよくなって、ぼくがまもってあげなくっちゃ!」
小さい弟か妹ができる日が僕はとっても楽しみです。
【リクエスト番外編④】 おわり