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【リクエスト番外編①】結婚式までの日々(妬いてしまうベイル)

 ベイル=ペイフォードの正式な婚約者になったセシリアは、顔見せや婚約の報告をするために、ベイルと共にあちらこちらのお茶会や夜会に参加することが増えていた。


(それは別に構わないのだけれど……)


 ベイルが一緒だと、どこにいても楽しいし安心できる。前までは苦手だった夜会も、今では「今日は、どのドレスを着ていこうかしら?」と楽しむくらいの心の余裕はあった。


 ただ、セシリアは一つだけ気になることがある。


 ベイルに挨拶をしたい人はとても多い。そのついでに、セシリアにも挨拶をしてくれようとする方々が、なぜかセシリアに近づいたとたんに、ビクッと固まったり青ざめたりする。


 そして、そそくさとどこかへ行ってしまうのだ。こういう状況が続いて、セシリアは思った。


(私って、もしかして……臭い?)


 何か嫌な匂いがして、セシリアに近づいたとたんに『うわ、くさっ!?』となり、皆、離れて行ってしまうのではないか?


 ただ、セシリアの隣に立つベイルはまったくそんな素振りを見せない。それどころか、二人きりになるとすぐに抱き締めたり、匂いを嗅がれたりするのでとても恥ずかしい。


(ベイル様だけには良い香で、他の方には臭いとか?)


 わけが分からないが、とにかくそれが悩みだった。


(何とかしないと……)


 また、セシリアに笑顔で近づいてきた男性がビクッとなり顔を青ざめ離れて行った。


(まただわ。このままだと、いつかベイル様にご迷惑をかけてしまうかも……)


 セシリアは泣きたい気分でベイルを見ると、ベイルはにっこりと優しく微笑んだ。


(この笑顔を曇らせたくない)


 その日から、メイドに相談してお風呂の回数を増やしたり、良い香りのオイルで肌を磨いてもらったり、美容や健康に良いということをいろいろとやってみた。


 数週間後、全身鏡に姿を映したセシリアは「どうかしら?」とメイドに聞いてみる。


 メイドは瞳をキラキラとさせながら、「とっても素敵ですよ、お嬢様」と言ってくれた。


「以前から素敵でしたが、お手入れをするようになってから、今まで以上に髪もサラサラお肌もツルツルです! ベイル様もお嬢様に見惚れてしまいますね!」


「そうだったら良いのだけど……。えっと、私、おかしな匂いはしない?」


 メイドは「え?」と驚いた後、くんくんと匂いを嗅いで「お嬢様は、お花のようなとっても良い香がします」と言ってくれた。


(これなら大丈夫よね?)


 今日はベイルと夜会に参加する日だった。


(これでベイル様にご迷惑をかけずに済みそうね)


 セシリアはホッと胸を撫で下ろした。



*



【ベイル視点】


(俺はセシリアを夜会に連れていくのが嫌だ)


 もちろん、着飾ったセシリアを見られるのは嬉しいし、少しでも同じ時間を過ごせることに幸せを感じる。ただ、問題はセシリアの魅力だった。


 元から可愛い人だったのに、最近はさらに洗練されて美しさに磨きがかかり、清らかで愛らしい。いつも側にいるベイルでさえ、セシリアに見惚れてしまう時がある。

 

 そんなセシリアが光だとすれば、その光に誘われ男達がフラフラとのように集まってくる。


 隙あらばセシリアに話しかけようとするし、挨拶と称してセシリアの手に触れようとした奴すらいた。本来なら殺してしまいたいところだがそれは現実的ではないし、貴族が集まる夜会の場では、声を荒げることすらためらわれる。


 なので、ベイルはセシリアに近づいてきた男達を殺気を込めて睨みつけていた。


(それ以上、セシリアに近づいたら……殺す)


 周囲から『冷たい顔だ』と言われているこの顔も、今は役に立っているようで、睨まれた男どもは面白いくらいに怖がりセシリアから離れて行く。


 セシリアが不安そうにこちらを見た。


(大丈夫だ。誰も貴女に触れさせない)


 安心して欲しくてにっこりと微笑みかけると、セシリアは何故か泣きそうな顔をした。


(どうしたんだ?)


 ベイルが不思議に思いながら優しくセシリアの髪に触れると、セシリアの髪はサラサラとベイルの指の隙間から落ちていった。


(こ、これは!?)


 いつものモフモフとはまた違った感触だったが、これはこれで最高の手触りだった。もっと触りたい。なんなら、結い上げているセシリアの髪を解いて、今すぐこの場で髪を撫でまわしたい。


(いや、駄目だ! 落ち着け、俺)


 ベイルは『自制が効かなくなるので、セシリアの髪を触るのは止めておけ』と自分に言い聞かせた。そして、何故か悲しそうな顔をしているセシリアを慰めたくてその頬に触れた。


「!?」


 ベイルは思わず親指を左右に動かし、いつも以上に柔らかいセシリアの頬の感触を堪能してしまう。


「ベイル様?」


 不思議そうに声をかけられ、ベイルはハッと我に返った。


(な、に……? 最近、ようやくセシリアの愛らしさに意識が飛ばなくなってきたのに……セシリアの愛らしさが増している、だと!?)


 セシリアの潜在能力の高さに恐れおののきながら、ベイルは帰りの馬車の中で己の理性を保てるか不安になった。





 一通り挨拶を済ませると、ベイルはセシリアを連れてさっさと夜会の会場を後にした。


 ペイフォード家の馬車に乗り込み、セシリアと二人っきりになると良い香りが鼻孔をくすぐる。いつもなら、すぐにモフモフタイムに突入しているところだが、今日のセシリアはどこか気落ちして見えた。


「疲れたのか?」


 声をかけると、セシリアは少しだけ笑みを浮かべ「いいえ」と呟いた。


「では、何か悩みでも?」


 セシリアは戸惑うように視線を彷徨わせた。


「俺のせいか?」

「いえ!」


 驚いて慌てて否定する。


 しばらく待っていると、セシリアは落ち着きなく両手を合わせたり擦ったりしながら、とても言いにくそうに話し始めた。


「あの……ベイル様、本当のことを言ってくださいね?」


「俺は貴女に嘘をついたことがない」


「でも……あの……」


 セシリアの眉毛が困ったように下がり、白い頬がほんのりと赤く染まる。


(なんだコレ、可愛いが過ぎるぞ!)


 ベイルが余りの可愛さに内心悶えていると、セシリアは意味の分からないことを言いだした。


「私、臭くないでしょうか?」


 とたんに、馬車の中に沈黙が下りた。


「……は?」


 どうしてそんな言葉が出て来たのかまったく理解できない。


「もしかして、誰かが貴女を臭いと?」


 セシリアはすぐに首を左右に振った。


「違うのです。でも、そうとしか思えないことが続いていて……」


 セシリアが言うには、ベイルにご挨拶しようと近づいてきた人達が、セシリアに近づいたとたんに固まり青ざめ離れて行くそうだ。


「このままでは、ベイル様にご迷惑をおかけするのではないかと……」


 ベイルは思った。


(俺のせいだった! 俺のせいでセシリアを悩ませてしまっていた!)


 自分が情けなくなり、ベイルはため息をついた。


 そのとたんに、セシリアがうつむいてしまう。


「申し訳ありません……」

「そうではなく! すまない、それは俺のせいだ! 貴女に他の男が触れるのが嫌で、睨みつけて全て追い払っていた」


 セシリアはポカンと少しだけ口を開けた。


「え? で、でも、ご挨拶をしないといけないのでは?」


「挨拶は一定の距離を保ったままでもできる。貴女にふれたり手の甲へ口づけをしたりなど言語道断」


 セシリアは納得したようなしていないような顔をしている。


「そ、そうですか……。そうとは気がつかず、勘違いをしてしまいました」


「勘違いをさせた俺が悪い」

「いえ、私が……」


 お互いに自分が悪いと謝っていると、セシリアがふふっと笑った。


「どうかしたか?」


「いえ、これからも勘違いやすれ違いはたくさんあると思うのですが、こうして一つずつ向き合って、ベイル様と一緒に解決して行くのだろうと思うとなんだか急に嬉しくなってしまって」


 ベイルは揺れる馬車の中で、セシリアが座る向かいの席に移動した。驚くセシリアの頬に手を添える。


 そして、可愛らしいことを言う、可愛らしい人にそっと口づけをした。


 ベイルが顔を離すと、目の前には真っ赤になってふるふると震えるセシリアがいた。


「そうだな。こうして少しずつお互いに歩み寄って分かり合っていこう」


 もう一度顔を近づけようとすると、小さく悲鳴を上げたセシリアに両手で防がれてしまう。


「も、もう着きますから!」


 その言葉に噓はなく、窓の外からはランチェスタ侯爵家が見えていた。


(ぐ、モフり足りん……)


 しかも、未だにセシリアには、両手で顔を押さえつけられて口づけを拒まれている。


「セシリア、こういうことにも、少しずつ慣れていったほうがいい」


 ベイルがセシリアの指の隙間から真剣に伝えると、「ど、努力します」と頼りない返事が返ってくるのだった。





リクエスト番外編①おわり


 

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