33 幸せになるしかない未来
こうして、セシリアはベイルの正式な婚約者になった。
「式を急ごう」と言うベイルに、「どうせやるなら、盛大にしたい」と言うペイフォード公爵とランチェスタ侯爵の意向で、結婚式は来年に挙げることになっている。
「おねえさま」
幼い弟がセシリアの膝に抱きついた。
「今日は、ベイルおにいさまが、くるのですよね?」
ブラウンの柔らかい髪を撫でながらセシリアは「そうよ」と微笑みかける。
「おにいさまと、なかよくなれる?」
「なれるわ。ベイル様はとってもお優しいから」
窓の外が騒がしい。ベイルがランチェスタ家に到着したのかもしれない。
嬉しそうに頬を赤くした弟を抱き上げると、セシリアは2階にある自室から出た。玄関ホールを見下ろせば、銀髪の青年がこちらを見上げていた。
セシリアが手を振ると、弟も真似て小さく手を振る。その様子を見たベイルは固まってしまった。以前なら、『どうしたのかしら?』『怒っているの?』と不安になっていたが、今なら『可愛いものを見て、頭が真っ白になっているのね』とすぐに分かる。
(ベイル様は、弟が可愛くて驚いているのね)
セシリアが階段を下りてベイルの前に立つと、「私の弟です」と紹介する。弟は恥ずかしいのか、ベイルから顔を逸らし、セシリアの胸に顔を埋めた。
そして、そのまま弟もベイルも動かなくなったので、セシリアは笑いそうになるのを必死に堪えた。
「ベイル様、弟を抱っこしてみます?」
ベイルに聞くと「ああ」と固い声が返ってくる。弟をベイルに渡そうとすると、「いやー!」と叫んで弟が暴れた。体勢を崩しセシリアの腕から落ちそうになった弟をベイルが素早く受け止めてくれる。
ベイルを近くで見た弟は「こ、こわいぃいいい!」と泣き出してしまった。呆然とするベイルの腕から逃げ出し、セシリアのスカートの陰に隠れてしまう。
「あらあら、申し訳ありません。ベイル様」
「いや、俺の顔が怖いのが悪い」
ベイルは分かりにくいが落ち込んでいるように見える。
「怖くないですわ。とても素敵です」
「セシリア……」
抱きしめようとしたベイルを弟が押した。
「おねえさまに、さわらないで! おねえさまは、ぼくの!」
ベイルはスッと瞳を細くした。
「ほほう……。やはり、お前は俺のライバルだったか」
「何を言って?」
「セシリアは渡さん!」
「いやー!」
おかしな追いかけっこが始まり、気がつけば弟はベイルに追いかけられながら楽しそうに笑っていた。
(ベイル様って、子どもの扱いも上手いのね。できないことってないのかしら?)
不思議に思っていると、数分後には、ベイルに肩車された弟が「ベイルおにいさま、だいすきー」と懐いていた。
「私の弟、可愛いでしょう?」
セシリアがベイルに微笑みかけると、ベイルは「ああ」と頷いた。弟が「おろしてー」と言うので、ベイルが肩から下ろすと、弟は走ってどこかへ行ってしまう。
「貴女の面影があって最高に可愛い。貴女と俺の間に子どもができたらこんな感じかと思わず想像してしまった」
「こ、ども……」
予想外の言葉にセシリアの顔がボッと赤くなる。
(不思議だわ、ベイル様と一緒にいると不幸になる未来が少しも想像できないわ)
もう幸せになるしか道はない。そう言われている気がする。
ベイルが「ああ、そうだ。ディアから貴女に伝言が……」と言ったので、「クラウディア様から!?」と前のめりになると、ベイルにあきれた目を向けられた。
「俺の妹を愛してくれるのはいいが、そこまで喜ばれると妬けてしまう」
「す、すみません。これはもう憧れと言うか、条件反射というか……」
ため息をついたベイルは「まぁいい、貴女と出会うきっかけをくれたディアには俺も感謝している。それに……」と、そっとセシリアの耳元に口を寄せた。
「貴女を愛でて可愛がる権利は俺だけのものだから」
その優しい瞳が、セシリアだけを求めて愛してくれていることを、今でも少しだけ不思議に思いながら、セシリアは「どうか末永く可愛がってくださいませ」と微笑んだ。
おわり
最後までお付きくださりありがとうございました!
続いて、リクエストしていただいた番外編があります。