30 ペイフォード家の晩餐(ベイル視点)
ベイルは、セシリアの弟について勘違いをしていたことにようやく気がついた。
(弟は、4歳だったのか……)
てっきり妹のクラウディアくらいの年齢だと思っていた。
(お、俺は、セシリアに何をさせているんだ!?)
勘違いとはいえ、とんでもないことをさせてしまった。セシリアの温かい眼差しや、頭を撫でる優しい手つきを思い出し、また顔が熱を持つ。
(落ち着け)
深呼吸を繰り返し、ようやく顔を上げると、どこかホッとしたセシリアと視線があった。
「ベイル様、大丈夫ですか?」
「ああ」
ベイルは平静を装い返事をした。いつもは身長差があり、見下ろしているセシリアと、今は視線が同じなので妙に落ち着かない。
(これでは、セシリアと顔が近すぎて平常心を保つのが難しい)
ベイルが立ち上がると、いつもの距離になったのでベイルは胸を撫で下ろした。
「弟の件だが、ランチェスタ家にこちらの手の者を向かわせて、弟を守るように指示しよう」
本当ならもっと早い段階で忍び込ませれば良かったのだが、セシリアの私生活を無断で覗き見るような行為をためらってしまっていた。
(今ならセシリアがここにいるから、遠慮なくランチェスタ家を探れるな)
セシリアは乙女が祈るように胸の前で両手を組み合わせて「ありがとうございます」と可憐に微笑んだ。
*
ペイフォード家の晩餐に、ベイルは初めて人を招いた。
(よく考えて見れば、父やディアと長らく晩餐を共にしていなかったな)
ときどき家族で朝食を共にすることはあっても、それぞれの忙しさから晩餐は別々にとっていた。家族全員が揃う晩餐は、母が亡くなってから初めてのことかもしれない。
(セシリアのおかげだな)
隣を見ると、どことなく緊張した様子のセシリアの横顔が見えた。ベイルの視線には気がつかず、チラチラとクラウディアを見てるのが少し妬ける。
クラウディアが「セシリア様は、苦手な食べ物はありますか?」と聞きながら微笑んだ。
「いえ、ありません!」
白い頬を赤く染めたセシリアはとても愛らしい。運ばれてきた食事を、セシリアは上品な手つきで切り分け口に運んでいる。料理の味付けが気に入ったのか大きな瞳をキラキラと輝かせている。
「セシリア、これも……」
セシリアの可愛い顔がもっと見たくて、ベイルがフォークに差した料理をセシリアの顔の前に差し出そうとすると、左右から同時に咳払いが聞こえた。
左前を見るとクラウディアがにっこりと笑みを浮かべながら、首を小さく左右に振っている。
(なんだ?)
右を見ると父が顔を強張らせて首を左右に振っていた。そして、無音で『自重しろ』と父の口が動く。
(なるほど、食事をセシリアに分けたらいけないのだな)
確かに言われてみれば、テーブルマナー的に問題があるように思える。一通り食事が終わると父が口を開いた。
「セシリア嬢、改めてお願いしたいのだが、ベイルと正式に婚約を結んでいただけないだろうか?」
セシリアは慌てた様子で「お願いだなんて!」と困った顔をした。
「本来なら、皆様にご迷惑をおかけした私がこのようなことを言える立場ではないのですが……私で良ければぜひ」
クラウディアが嬉しそうに微笑んだ。
「ベイルお兄様のお相手は、セシリア様以外考えられませんわ! セシリア様の確認もとれましたし、今日からセシリア様とお兄様は婚約者ですね」
セシリアが恥ずかしそうに頬を赤く染めている。
父が「いや、ランチェスタ家の許可を貰わねばならない。今まで何度も断られているからな。正攻法では難しいだろう。少し手荒な真似になるが、構わないだろうか?」とセシリアに確認を取った。
セシリアは少しうつむくと「はい、構いません」と、悲しそうな表情を浮かべる。
「ベイル」
「はい」
「セシリア嬢は失踪したことにする。それを利用して、ランチェスタ家が折れてこちらに泣き縋って来るまで追い詰めるぞ」
「はい。では、セシリアが途中で乗り換えた馬車を使いましょう。ランチェスタの馬車が何者かに襲われたように偽装し、乗っていたセシリアが行方不明になったように見せかけます」
「良いだろう」
「お父様、お兄様」
クラウディアが会話を遮った。
「そういうお話は、お二人でしてくださいませ。せっかくセシリア様が来てくださったのですから、楽しいお話をしましょう。デザートが不味くなりますわ」
見ると、セシリアの顔が青ざめていたので、この話は後からすることにした。