03 セシリアは憧れの人の暮らしを見てみたい
お茶会という名の顔合わせが無事に終わった。
ベイルが帰った後のランチェスタ侯爵家は、セシリアを中心として家族間で話が盛り上がっていた。
父がソファでくつろぎながら「セシリアとベイルくんでは、顔の釣り合いがとれんだろう」と豪快に笑っている。
「そもそも、ペイフォード一族は、氷の一族と言われるほど冷たく美しい方々だ。セシリアみたいな地味顔ではベイルくんの隣に立つのも恥ずかしいぞ」
父の言葉に母が眉を釣り上げた。
「あなたっ、年ごろの娘に何てひどいことを! 少し背伸びして叶わない夢を見るくらい良いじゃないですか! ねぇセシリア?」
「お父様も酷いですが、お母様もそうとう酷いですわ」
まだ幼い弟が、トコトコとこちらに向かって歩いて来て、セシリアの膝にぺったりとくっついた。ふにっとした感触と、子ども特有の高い体温がワンピース越しに伝わってくる。
「おねぇさまは、ゆめをみているのですか?」
「違うわ。私はいつだって現実を見ているわ」
そう、セシリアの目的はベイルではない。ベイルを足掛かりに、麗しいクラウディアにお近づきになることこそが真の目的。
「私、ベイル様から婚約を断られても傷つきませんから」
父に「なるほど、婚約者探しの記念に会ってみただけか」と笑われた。
「まぁ確かに私がベイル様にお会いすることは、もう二度とないでしょうから記念みたいなものですね」
(できればベイル様と仲良くなって、私をクラウディア様に取り次いで欲しかった……)
セシリアが欲望まみれでため息をついた、その10日後。ペイフォード公爵家から『セシリア嬢と正式に婚約をしたい』という旨の手紙が届いた。
セシリアの両隣から、手紙を覗き込んでいた父と母が驚きの声を上げる。
「まさか……ベイルくんは、地味専か?」と呟いた父の背中を母がバシンッと叩いた。
政略結婚をしたはずなのに、見ての通り両親はとても仲が良い。
ランチェスタ侯爵家は、先祖代々、『社交も贅沢も最低限でいい。浮気なんてとんでもない』と考えているような変わった一族だから、自然と周囲にも似た考えの人達が集まってくる。
母は「あら、どうしましょう。てっきり向こうから断ってくるものだと。ペイフォード家と、私達では合わないのじゃないかしら? どう思う? セシリア」と不安そうに聞いてきた。
「こうなってくると、私が思うに、ある程度の地位がある令嬢ならば、ペイフォード家は誰でも良いのではないでしょうか?」
さすがに『ベイル様の性格がちょっとアレだから』とはセシリアは言わなかった。
父が「余計に我が一族とは合わんな」と顔をしかめている。
「セシリア、お前は地味でも由緒ある侯爵家の令嬢なのだから、相手はいくらでも選べる。そんな男はやめておきなさい」ともっともなことを言った。
(いえ、これは私にとってはチャンスだわ!)
セシリアは小さな弟を抱き上げると、勢いよく立ち上がった。腕の中で弟が「わーい!」と喜んでいる。
「婚約の件ですが、一度会っただけではベイル様のことは分かりません。お断りするにしても、ペイフォード家にお邪魔して、ベイル様がどんな方なのか確かめてからでも良いでしょうか?」
母が「そうね。社交界での噂など当てになりませんものね」とため息をついた。
「まぁ、お前たちがそう言うなら」と引き下がった父を見て、セシリアは小さくガッツポーズをする。
(よし! これでいつかクラウディア様のお家に行けるかも! もしかして、クラウディア様にお会いできたら……どどど、どうしましょう)
うふふ~あはは~とセシリアが脳内お花畑でくるくると喜び踊っていると、父が「では、このペイフォード家から来た『婚約者になって欲しい』の手紙にはなんて返すんだ?」と聞いてきた。
「それは……。『もう少しお互いのことが分かるまで、ベイル様の婚約者候補のままでいさせてください』とでも書いておきますわ」
(ベイル様を利用して申し訳ないけど、婚約者が誰でも良いなら、今度、お詫びにもっと美人な令嬢をたくさん紹介してあげるわ。私、友達だけは多いから)
セシリアは『そのほうがベイル様も幸せでしょう』とにっこりと微笑んだ。