29 弟との関係って?
セシリアは、ベイルにメイド服を着替えるように言われた。ベイルの部屋から出ると憧れのクラウディアが扉の前で待ってくれていた。
「セシリア様。お兄様はどうでしたか?」
「とても驚いていました」
まさかベイルが床に膝を突くほど驚くとは思っていなかった。クラウディアがフフッと悪戯っぽく微笑んだので、セシリアはその可憐さに目を奪われた。
「セシリア様のお部屋を準備しました」
クラウディアに案内されるままに後に続くと、とても豪華な部屋に案内された。部屋の隅にはメイドが3人も控えている。
「ここは、来客用のお部屋です。ゆっくりしてくださいね。何かあれば彼女達に」
「は、はい」
そう言われても、こんなに広い部屋では落ち着けそうにない。
クラウディアは「では、のちほど」と微笑み去っていった。
(えっと……)
戸惑っていると、何も言わなくてもメイド達がセシリアをドレスに着替えさせてくれた。その間、メイド達は一言も話さない。ただ黙々と丁寧に仕事をこなしていく。
(メイドとの距離も、ランチェスタとはぜんぜん違うのね)
なんとなく圧倒されていると、メイドの一人が「ベイル様がお越しになりました」と教えてくれた。
「入っていただいて」
そう伝えると、メイドは恭しく頭を下げてから扉に向かう。部屋に入ってきたベイルは、メイド達に下がるように伝えた。
二人きりになるとベイルは「そのドレス、とても良く似合っている」と褒めてくれる。
「ありがとうございます。ベイル様から頂いたものは全て宝物です」
ベイルは咳払いをすると「今は余り可愛いことを言わないように。俺が話に集中できなくなる」と目元を赤く染めた。
「セシリアは、どうしてここに?」
ベイルにこれまでのことを説明すると、ベイルは少し考えるような素振りを見せた。
「今の話をまとめると、家に閉じ込められ、抜け出してきた。その際に、ランチェスタ侯爵家の馬車に乗っていたが、途中で乗り変えて、家紋の入っていない馬車でここまで来た、と?」
「はい。ランチェスタ家の馬車がペイフォード家に入るところを見られると、ベイル様にご迷惑がかかるかもしれないと思い……」
「なるほど。セシリアは機転が利く上に聡明だ」
ベイルは大きく温かい手で、セシリアの頭を優しく撫でてくれた。
「…………」
「……ベイル様?」
しばらく無言で頭を撫で続けていたベイルは、名前を呼ばれると、左手で自分の腕を押さえ撫でるのを止めた。噛みしめた口元から「自重しろ、俺の右手」と苦しそうな声が漏れる。
「セシリア、事情は分かった。ランチェスタ侯爵のことは、後はこちらに任せて欲しい」
「はい。父が……ベイル様にとても失礼なことをしたと聞きました。申し訳ありません。それに、私を助けてくださるために、ベイル様が裁判を起こしてくれたとも……」
申し訳なさ過ぎてベイルの顔が見られない。
(本当なら、私はベイル様に見捨てられても仕方がない状況なのに)
セシリアが『許してもらえるまで謝り続けよう』と覚悟を決めて顔を上げると、ベイルは両腕を広げていた。不思議に思った瞬間に、ぎゅっと抱きしめられる。
「すまない。自重できなかった」
耳元でベイルの掠れた声が聞こえる。
「俺はずっとセシリアに会いたかった」
「わ、私も……」
そう答えると更に強く抱きしめられた。抱きしめられたまま「式はいつにする?」と真剣な声が聞こえてくる。
「その……。実はその前に弟のことで相談に乗っていただけませんか?」
返事がないので、ベイルの表情を窺うように見上げると不服そうな顔が見えた。
「あ、嫌でしたら……」
「嫌ではない。話を聞こう」
ベイルのどこか怒っているような声に戸惑いながらも、「弟を、あのままあの家に置いておくことが心配で……」と伝えると、ベイルの眉間にシワがよる。
「ベイル様?」
抱きしめることを止めたベイルは「この件は、今ここではっきりさせよう」と真剣な顔をした。
「セシリアは、弟とはどういう関係なんだ?」
セシリアは質問の意味がまったく分からなかったが、とにかくベイルが真剣なことだけは分かった。
「関係……ですか? 弟、ですけど?」
「質問を変えよう。セシリアは弟にどう接しているんだ?」
「どう、とは?」
腕を組んだベイルは、「じゃあ、普段、貴女が弟にしていることを、今、俺にしてみてくれ」と言った。
「弟にしていることを、ベイル様に、ですか?」
「ああ、そうすることで貴女と弟の関係が分かる。貴女は普通のつもりでも、正しい距離感ではない可能性もある」
「そ、そういうものですか……」
よく分からないが、ベイルがとても真剣なので、セシリアはとにかく言われた通りにしようと思った。
(少し恥ずかしいけど……)
そうすることで、弟を助けてもらえるなら恥ずかしがっている場合ではない。
「えっと、では……ベイル様、ソファに座っていただけますか?」
ベイルは背が高いので、小さな弟のようにお世話ができない。言われるままに座ったベイルに、セシリアは近づいた。
そして、ベイルの目の高さに合わせると、その青く美しい瞳を覗き込む。
「今日は、何をして遊んでいたの?」
いつも弟に話しかけるように声をかけ、ベイルの銀色の髪を優しく撫でた。ベイルの瞳が大きく見開く。
「またお菓子を食べたのね? ちゃんと歯を磨かないとダメよ。はい、あーん」
ベイルが少しだけ口を開けたので、歯磨きをする振りをする。
「よくできました。えらいえらい」
セシリアは、またよしよしとベイルの髪を撫でた。
(えっと? まだ続けるのかしら?)
ベイルが何も言わないので、セシリアは続けるのだと判断した。
「今日はお風呂に一緒に入りましょうね」
ベイルの目元が赤く染まる。
「身体はちゃんと洗えるかしら? 洗えないところは私が洗ってあげるわ」
ベイルの頬も赤く染まった。
「一緒に寝るの? 分かったわ、ベッドから落ちないように抱きしめておくわね」
ベイルの首も赤く染まった。
「……う、あ」
うめき声がベイルの口から漏れた。
「せ、セシリアの弟は、何歳だ?」
「え? あ、はい、四つになりました」
ベイルは両手で顔を覆うと耳まで赤く染め、しばらく顔を上げなかった。