26 出来ることを全てやる(ベイル視点)
ベイルが何度ランチェスタ侯爵家に手紙を送っても返事はなく、友人のエミーですらセシリアに会わせてもらえなかった。
(エミー嬢でも無理だったか)
いつの間にかペイフォード家に居座って寛いでいるレオがソファに座りながら、「どうするの?」と聞いた。
「ベイル。セシリア嬢に求婚したクズ男、この国に着いたみたいだよ。このままだと、セシリア嬢がクズ男に嫁がされてしまう」
「ランチェスタ侯爵は、その男がクズだと分かっているのか?」
レオは、手のひらを上にしてひょいと両手を上げる。
「さぁね。ただ、ランチェスタくらいの家柄と資産なら、わざわざ娘をクズに嫁がせる意味がないから、知らないんじゃないかな?」
「騙されているということか?」
「うーん、その可能性が高いね。相手も必死に自分がクズなことは隠しているだろうから」
「・・・レオ・・・」
「・・・お前の情報網は一体なんなんだ?」
クズ男がセシリアに求婚したことは、ペイフォード公爵家ですらつかんでいない情報だった。情報をつかんでいなければ、父でも事前に阻止することはできない。
どうやら、この件は隣国の公爵家が、ランチェスタ侯爵と内密に話を進め約束を取り付けたらしい。
そのように極秘裏な情報を、後ろ盾もない第五王子のレオがいったいどうやって知ったのか不思議だった。
「私はただ口の軽い友人が多いだけさ。皆、私に力がないことを知っているから、利用されることを警戒せずに面白い情報を垂れ流してくれる」
(なるほど、わざとそういう人種と付き合って、情報収集をしているのか)
レオの人を見抜く力は素晴らしい。そして、相手に危機感を与えず懐に潜り込む才能がある。
「それがお前の社交界での生き方か。ならば、俺と取引をしよう」
レオは少し驚いた後に「内容によるけど?」と、笑いながらソファから立ち上がった。
「レオ、お前は財産と後ろ盾が欲しい。俺はクズ男からセシリアを守りたい」
「ベイル、何度も言うけど、私は回りくどい話は苦手なんだ。簡潔に話して欲しい」
「お前がクズ男の鎖になるんだ」
「私が? 鎖に?」
「クズ男の存在は、隣国の公爵も頭が痛いところだろう。俺が、クズ男を裁判で訴える。お前はクズ男の味方をして仲裁に入れ。俺がお前の顔を立てて裁判を取り下げる。そうして、お前は公爵とクズ男に恩を売れ」
「ダメだよ、ベイル。今、社交界では、君とセシリア嬢のことで持ち切りなんだ。皆、好き勝手な噂話をして、事の成り行きを眺めている。現状で、そんなことをすると、ベイルがクズ男にセシリア嬢を取られたから、腹いせに裁判を起こしたという噂が立ってしまう。君の名誉が傷つくよ」
「俺の名誉など、どうでもいい。死ぬわけでもないし問題ない」
「なるほどね。じゃあ、ベイルは、セシリア嬢がいないと死んでしまうから名誉が傷つくことよりも大問題だとでも言いたいの?」
「そうだ」
ベイルが真顔で答えると、レオにため息をつかれた。
「この国の貴族は、何よりも名誉を重んじるって聞いていたけど?」
「俺は貴族の前に騎士だ。そして、騎士である前に、セシリアの生涯の伴侶でありたい」
「はぁ……。君がカッコ良すぎて腹が立ってきたよ」
レオはあきれた顔で「で? クズ男とその父の公爵に、恩を売った後、私は何をしたらいいの?」と聞いてきた。
「内側から壊せ」
「簡単に言うけど、どうやって?」
「それはお前のほうが理解しているのではないか? 俺には人の感情の機微はよく分からんからな。これからは、俺がお前の後ろ盾になろう。人材でも情報でもなんでも提供してやる。だから、財産は好きなだけ隣国の公爵から奪え」
レオは「ああ、そういうことか」と微笑んだ。
「要するに、クズ男を私の傀儡にして公爵に恩を売りつつ、最終的に公爵家を乗っ取れってこと?」
「そうだ。俺が全面的に協力してやる。ただし全て極秘裏に行う必要がある。両国の間にもめ事を起こしたいわけではないからな」
「だから、表立っては、私が動くんだね」
レオは腕を組んで首を傾げた。
「どうしてだろう? 難しいことのはずなのに、ベイルが言うととても簡単にできるような気がする」
「出来る。お前ならな」
にっこりとレオが笑った。
「なるほど、君はカッコいいが、とても怖い男だ。敵に回したくない」
「レオ。お前がもし敵だったら、俺も苦労しただろう」
レオが差し出した右手を、ベイルは力強く握り返した。